契約結婚は月に愛を囁く
 彼女が手で指し示すそこから少し離れたところには、大人に囲まれて楽しそうにお喋りをしている集団。

『カークス・ウォーカー、伯爵家の嫡男です。 俺の幼馴染みで友人なんです』

『隣にいらっしゃる方は?』

『婚約者のメリル・ベネット子爵令嬢ですよ。 お似合いのお二人でしょう?』

 当時、既にメリル嬢を婚約者に据えていたカークスはそのパーティーにも婚約者として同伴させていた。
 正式な婚約はまだ少し先になるが、貴族方にはその事実は広く知られ、大人からの祝福を受けて二人とも嬉しそうだった。

『そぉ。 婚約者ですの……』

 当時のアイリスは八歳。
 そしてメリル嬢は確か七歳だっただろう。

 幼いながらにも、カークスとメリル嬢の二人の仲の良さと育ちの良さ、そして幸せそうな雰囲気は感じられたはずだ。

 ただ、まだ子供だった俺は人の心に眠る感情には何も気付いていなかった。

『ねぇ、ジョルジュ様』

 その日のパーティーを終え、ヘンダーソン伯爵邸に戻った俺は父上と母上に思いの丈を伝えた。
 二、三人の縁談候補を見付けていた両親は当然の如く、良い顔はしなかった。

 それはそうだ、アイリスは元平民なのだから。
 父親である、あの男はどんな手を使って爵位になったのかわからない。 そんな家系の女を伯爵家に迎え入れるわけにはいかない。

 それでも俺は諦めなかった。
 どうしてもアイリスと婚約したい。 彼女でなければ駄目なのだ、今でなければ。
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