契約結婚は月に愛を囁く
「時間帯も弁えずに申し訳ありません、ベネット子爵。 実は私の留守の間にメリルがこちらに戻ったと聞きまして伺いに参りました」

「わざわざお越し頂いて申し訳ないが、メリルはここには居ないよ」

「居ない、とは?」

「居ないから居ないのだ。 言葉の通りだよ」

「しかし……」

「君はメリルの事も行きそうな居場所をも何も知らずに、今まで他の女レベルのつまらない婚約者として扱って来たのかね?」

「そんなつもりはございません」

「ならば、メリルがどこに行ったか私に聞かずともわかるだろう」

 俺は途方に暮れた。 その通りだと思ったのだ。

 このご令嬢が婚約者だ、と幼き頃に告げられ、何の疑いもなしに当たり前のような日々を過ごして来た。 メリルとの間に愛情も何も生まれていないと思い込んでいた。
 俺の良き伴侶になる為にどれだけの努力をして来たのか見ているつもりで、知っているつもりでいたのに。

 アイリスへの想いに目が眩んでしまっていた。

 メリルの存在が面倒で、見て見ぬ振りをしたのだ。
 俺の婚約者ならばメリルの努力は当たり前の事だ、と。

「話がそれだけなら立ち去りなさい」

 ベネット子爵の氷のような宣告の言葉に頷き掛けた。
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