契約結婚は月に愛を囁く
 いや、駄目だ。 それでは駄目なのだ。
 俺は焦った、このままではメリルが俺の側から消えていなくなってしまう。

「お話がしたいのです、どうしても」

「ウォーカー君、君はメリルの居所を知らないかと私に尋ねたのではなかったかね?」

「メリルは私の婚約者です」

「ほぉ、そうだったかね?」

 ベネット子爵は嫌悪を隠す事なく、不快感を示しつつも俺を中に招き入れた。

「話があるのなら聞こう」

 執事に指示すると、ベネット子爵は先に立って応接間へと入って行く。

「で、話というのは?」

 ソファーに座り、出されたお茶を前にしてもベネット子爵の俺を嫌悪する態度は変わらない。

「実はヘンダーソン伯爵が体調を崩されまして」

「ヘンダーソン伯爵というと、ご子息が君のご友人だったね。 とても立派な伯爵だという話は聞いているよ」

「はい、ジョルジュと言います。 お父上が倒れられてその者が代理仕事を受けねばならず、私に相談に乗ってくれないかという依頼の文が届いたのが今から半月ほど前の事です」

「伯爵殿のお身体は良くなられたのかね?」

「まだ臥せったままのご様子ですが、医師の話では心配いらない、と」

「そうか、それは良かったね」

 ベネット子爵はこんな風に切り捨てるような会話をしない方だ。
 そんな方にこんな態度を取らせているのは、おそらく俺に原因がある。 いや、間違いなく。

「ジョルジュの手伝いをするとなると、彼の屋敷は離れた土地にありますのでしばらく家を空けねばなりませんでした。 そこで……」

「メリルを置いて行った、というわけか」
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