契約結婚は月に愛を囁く
「ベネット子爵、お待ち下さい! 私はメリル以外の女性を伴侶にするつもりは……」

「君は知らなかっただろうがね。 あのジョルジュ君の屋敷には、私が仕事先の面倒を見た女中がいるのだよ」

「え……」

「その女中が私に泣き付いて来た。 つい数日前の事だ。 どうしてだと思うかね」

「いえ、私には……」

「彼女が言うには、アイリス嬢が暇を出したのだ」

「知りませんでした」

「ならば教えなかったのだろう。 君はアイリス嬢と屋敷の寝室に二人きりで何日も籠っていたのだからね」

「ご存知だったのですね……」

「何か申し開きする事はあるかね?」

 俺は愚かだ。
 知られるかもしれないとか知られたらとか、そんな事は考えていなかった。 ただ、想いだけが勝ってしまった。
 ほんの少しでも自分の理性が残っていたなら引き返せたかもしれないのに。

 身体中が震え、指先が冷たい。
 もしも今立ち上がったら倒れてしまうかもしれない。

 どうして今になってこんなに後悔するのだろうか。
 どうしてアイリスの元に向かう前に、その二文字が浮かばなかったのだろうか。

 今、こんなにもメリルに会いたい。

 それはきっと、メリルが失われようとしているからだ。
 アイリスをこの先失ったとしても、メリルを失うくらいなら耐えるのは容易い。
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