契約結婚は月に愛を囁く
 屋敷に帰り着いたのは夕方を遥かに過ぎた夜遅い時間帯だった。

 一息吐きたいところだが、そうもいかない。
 玄関ポーチで出迎えるジョージにすぐ出立の準備をするように伝えた。

 ところが、ジョージの様子がおかしい。

 いつも冷静に仕事のできる男が、しきりに屋敷の中を警戒するのだ。
 オドオドというよりも、まるで潜入する不審者か踏み込む捜査官のように気取られないようにしているのだ。

「ジョージ、どうした?」

 彼は声を抑えながら、何かを伝えようとしている。

「カークス様、あの……」

 すると、屋敷内から俺の名を呼ぶ女の声が聞こえる。

「カークス」

 それはメリルの、貴族令嬢として培って来たものとはまるで違う。

 例えるなら、平民女がどれだけ血の滲むような努力をして清楚な貴族に化けたとしても完璧には化けられない資質の違いが如実に現れた時のような。

「アイリス嬢?」

 彼女は玄関ポーチに出て来て姿を表した。
 それはとても嬉しそうに。
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