契約結婚は月に愛を囁く
 貴族様に憧れ、夢見る自分の姿。
 少女なら誰もがなりたいと思える輝き。 綺麗なドレスを着て、好きな物を買って、使用人に傅かれる世界。 煌びやかな屋敷で、手の届かないはずの人達とにこやかに談笑する傍らで、自分を見つめる男達の視線。

 そんな、見た事も経験した事もない毎日。
 ただ、それはまだ心の奥に眠る思いであって、確かな感情だとは言えなかった。

 それでいて、もしかしたら私は本来そんな世界で生きるべき人間だったのかもしれない。
 そんな風に考える自分が怖くもあった。
 だから耳を塞いで、私の中に眠る私という本来の声を聞きたくなかったのだ。

【ミア、私はこんなつまらない所で生きる人間なの? 私によく似たあの子は私の持っていない全てを持っているのよ。 あそこにいたのは私だったかもしれないのよ。 それを両親は隠しているの。 ここの人達はお金を貰って私を拾ったのよ。 私は知るべきではないの? そしてあの子の場所が私の物なら、あの子の場所はここではないの?】

【知らない、知らない、そんなの知らない。 私は両親の子供よ、お金なんて何も知らないし、見た事もないわ】

【そうかしら? だったら確かめてみたらいいのではなくて?】

【確かめる……?】

【そうよ、本来の私の姿を】

 ところが、両親は私を外に出してくれない。
 給金がどうとか、渡さないとか、まだ少女の私にはなかなか理解できない。 両親に聞いてみようか、とも思ったが、あれ以来二人とも機嫌が良くなかった。
 だから何も聞けず、互いに上滑りする日常会話だけで過ごしていたのだ。

 そしてまたある日の夜だった。
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