契約結婚は月に愛を囁く
「君は大きな、悲しい勘違いをしているね」

 カークスが応接間の窓辺にもたれたまま、私と変わらずの距離を保っている。

 決して私には近付きたくないらしい。

「御両親の話をちゃんと聞くべきだった。 そうすれば、こんな悲劇は起きなかったはずだ」

「どういう意味かしら」

「君を育てた御両親は君を金で育てたわけではないのだよ」

「そんなの、今さらどうでもいいわ」

「御両親は本当に子供を欲しがっていらっしゃったのだよ。 そして何かしらの縁もあって金持ちの家の双子のどちらかを引き取る事になった。 御両親は初めて君を見た時、天から遣わされたのだと思ったそうだよ。 その時にね、キャンベル家が金銭を渡したのは君を引き取った礼ではなく、将来の為なのだよ」

「私の将来?」

「もしも君が大人の女になった時に平民だからと蔑まれたりする事のないようにと何かしらの援助のつもりだったらしい。 そして君の御両親はそれを一切使う事はなかった。 いつか花嫁修業する日の為に、或いはどこかの学校で学ぶ日の為に君が平民だからと困る事が決してないように大切に隠していたのさ」

「まさか、それがあのベッドの下に隠していた理由だと?」

「狭い家なら隠す場所が限定されるのは仕方ない事だ」

「私は邪魔だから捨てられたのでしょ?」

「どこの世界に可愛い我が子を邪魔だと言う親がいるものか」

「そんな……」

「当時はそうするしかなかったらしい。 手放すのは苦しくても、我が子がそこで幸せに暮らしてくれたらと願っただろうね」

「だったらどうして私を返して欲しいだなんて言うの?」

「君の本当の母上がご病気になられたからだよ」

「あ……」

「今はキャンベル男爵は独り身だろ?」

「お母様以外の女は娶りたくない、と……」

「君の母上はすぐに療養施設に移ったから会ったのはほんの数回だったようだね。 君は知らないだろうが、死ぬ前にミアに謝りたいと言っていたそうだよ」

 お母様は私がキャンベル家に来てしばらく後、息を引き取った。

 私が本当はミアだった事、本当のアイリスを殺そうとした事、何も知らないままだったのだろうか。

「君の姉のミア……本当のアイリスは母上の死去を初めて知って泣き崩れていたよ。 当然だな、今まで知らずに過ごして来たのだから」
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