契約結婚は月に愛を囁く
 夜明けのまだ少し薄暗く、通りを歩くのは配達人や採れたての食材を入れた籠を持って裏口を行く下働きらしき人間ばかり。

 私は馬車を降りて、その車体の影に隠れた。

 もう、私はあの頃のミアではない。 煌びやかな貴族の姿に夢を見ていた幼い少女はもうどこにもいないのだ。

 今の私はジョルジュの婚約者、貴族姿の女がこんな所にいたら不審がられるのは当然で、チラチラと視線を送られる事も多くなってきた。

 それでも、ここを動けないのはきっと私の過去がそうさせるのだ。

 しばらく裏口を行き交う使用人達を眺めていると、何処かに行こうとしている下働きの女が他の使用人と扉の前で楽しそうに会話している。
 その後、女は扉の外に出て一人どこかへと歩いて行く。

 私にはそれが誰なのか、すぐにわかった。 わからないわけがない、私を拾った人なのだから。

 キャンベル家から支払われる金を目当てに私を育て、騙していたのだとずっと信じていた。
 あの両親がその後、どうなろうとどうでもいいと思っていた。 だから何も知らずにいたし、知りたいとも思わなかった。
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