Diary ~あなたに会いたい~
 頭の中は“わからないこと”だらけで爆発し
てしまいそうだったが、何から訊けばいいの
かさえ、わからない。

 “ゆづる”という名の女性のことも、永倉
恭介という男の正体も、そして、なぜ、弓月
がこのクリニックに通院しているのかも、
何ひとつわからないのだ。

 僕は唇を噛んですっと医師の視線をかわす
と、僕と“同じ心境”であろう、永倉という男
へ目を向けた。

 彼もじっと僕を見つめている。
 病室にしばし沈黙が流れた。

 ちょうどふたりの男の間に立ち、その様子
を見ていた医師が、さて、と言って沈黙を
破った。

 「杉村さん。本来、医師である私には守秘
義務というものがあるのですが……こういった
状況下ではそうも言っていられません。このま
ま、何も知らずにお二人が弓月さんと関わって
いくことは、不可能に等しいでしょう。患者の
病状にも関わりますし、ここは、私からお二人
にお話するという形でどうでしょう?」

 医師の提案に、父親は少し辛そうに顔を
歪めた。けれどまもなく、目を閉じて首を縦に
振った。

 「この子の為にも……そうしていただくのが、
一番かと」

 「わかりました。では、すぐに部屋を用意し
ましょう」

 父親から承諾を得た医師は、奥の部屋は空い
てるかね?と、隣に立つ看護師に耳打ちをする
と、僕の横をすり抜けるようにして病室を出て
行った。







------小林喜一郎。



 それが、精神科医であり、弓月の担当医で
ある彼の名だった。

 通された部屋は落ち着いた雰囲気のある
カウンセリングルームで、丸い木製のテーブル
を囲むように、白い革張りのチェアーが並んで
いる。

 僕は永倉恭介と肩を並べ、緊張した面持ちで、
小林医師の言葉を待っていた。

 「さて。まず、お二人にはこちらをご覧いた
だきましょう。彼女の状況を理解するには、
これが一番わかりやすいでしょうから」

 「何ですか?これは」

 一冊の本を僕たちの前に差し出した小林医師
に、永倉恭介が訊いた。

 「交換日記です。弓月さんと、ゆづるさん
のね」

 「ゆづるも、この病院の患者なんですか?」

 「はい。私の患者です」

 「二人は知り合いなのか……」

 小林医師は複雑な顔をして口を噤む。
 永倉恭介は愕きを隠せない様子で目を見開く
と、差し出された日記に手を伸ばした。

 そして、ページをめくった。
 僕は横から覗き込むようにして彼に身を寄せ
る。彼の良く知る“ゆづる”という女性は、弓月
と日記を交換するほどの間柄らしい。
 けれど、弓月の口から彼女の名を聞いたこと
は、一度もなかった。どうやらそれは彼も同じ
ようで、僕たちは黙って日記に目を走らせた。

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