Diary ~あなたに会いたい~
 「再婚してからしばらくは、幸せに暮らして
いたんです。本当の、家族のようでした。弓月
は妻を慕っていたし、弓弦も私を受け入れて
くれて、親子のように仲良くやっていたんです」

 家族のように。
 親子のように。

 父親のその言葉にピリと神経を刺激されて、
僕は僅かに口元を歪めた。

 頭の片隅には、母の恋人の顔が浮かぶ。
 最後まで父親になることはなかった男の顔だ。

 「でも、もしかしたら、そう思っていたのは、
私だけだったのかも知れません。弓月と弓弦は、
たぶん、始めから違っていたんだと……」

 父親が小さく被りを振って息を吐く。

 僕は幸せそうに並ぶ、二人の写真を思い起こ
した。何も事情を知らない人があの写真を見た
ら、誰もがお似合いの恋人同士だと答えるだろ
う。

 17歳の弓月は、少女の初々しさも手伝ってまた
違った美しさを持っていたし、ふたつ上の義兄も
また、モデルのような顔立ちと聡明さを伝えてい
る。

 この二人が恋に落ちるのに、そう時間はかから
なかったに違いない。

 「二人の関係には奥様も気付いていたんです
か?」

 僕の隣で黙っていた永倉恭介が訊ねた。
 父親が頷く。

 「妻のほうが先に気付いて、私に相談してきた
んです。弓弦が弓月の部屋に入り浸っているよう
だと。何だかおかしい、と。でも、私はあえて
弓月を問い詰めるようなことはしませんでした。
というより、できなかったんです。突然、兄に
なるから仲良くして欲しいと、勝手を言ったのは
私ですし……」



-----大人の都合を子供に押し付けておきながら。



 そういった負い目があったのだろう。
 そして、それは口にしなくても子供に伝わって
しまうものだ。だから、二人は見てみぬフリを
続ける両親に隠れて、恋を育てていった。

 ひとつ屋根の下で。

 「でも結局、表面だけの穏やかな生活も長く
続きませんでした。妻が弓月に辛くあたるよう
になってしまったんです。弓月の方が息子をたぶ
らかしているんだと……そう、考えているよう
でした。そうなると、私たち夫婦の仲もうまく
いかない。娘を悪く言われて、気分を害さない
父親はいません。私は弓月を庇い、弓弦は恋人
として弓月を庇った。妻は家族の中で孤立して
いきました」

 血の繋がらない義兄をたぶらかしていると、
そう責められた弓月を思うと胸が苦しかった。

 誰が悪いわけでもない。
 ただ、二人は家族になれなかった。
 それだけのはずなのに……

 「失礼ですが、連れ子同士の結婚は法律で
認められているのをご存知ですか?確か、
養子縁組をしていたとしても、例外的に認めら
れたような……」

 永倉恭介が顎に手をあてて言った。
 僕は初めて聞く事実に目を丸くする。

 義理とはいえ兄妹なのだから、結婚はできない
と、そう思っていた。

 「もちろん、知っています。二人の気持ちを
知って、法律的なことはすぐに調べましたから」

 「奥様もそのことは?」

 父親が頷いた。永倉恭介はそうですか、と腑に
落ちないような顔をして、腕を組んだ。

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