Diary ~あなたに会いたい~
「つまり、もう二度とゆづるには会えないかも
知れない、ということですね?」
僅かに落胆の色を浮かべ、そう確認すると、
父親は躊躇いがちに首を縦に振った。
「わかりました。そういう可能性もあると、胸に
留めておきますよ」
俺は父親に微笑を向けると、残っていた
コーヒーを一気に飲み干して、席を立った。
そうして、そろそろ帰ります、と言った。
「じゃあ、私も。まだ面会時間があるので」
父親も席を立ち、ラウンジの外に向かう。
じゃあ、と別れを告げた俺に頭を下げた父親の
表情には、安堵の色が透けて見えた。
店の前についたのは開店時間よりも少し前で、
入り口の照明はまだ照らされていなかった。
レンガ造りの階段を下りてドアの前に立つ。
街灯の灯りが届かない暗がりの中で、俺は
目を凝らして店のプレートを見た。
『Duo』
音楽用語で“二重奏”という意味の言葉が、この
店の名で、彼女がこの店を好んだ理由も、いまな
ら何となくわかる。
あの日記のやり取りにあったD-3089。
あれはおそらく、この店の頭文字だろう。
そんなことを思いながら店の前に立ち尽くして
いると、重い扉が開いてマスターが顔を出した。
「びっくりした!恭さんか。今日は早いね」
目を丸くしながら、白い歯を見せる。
俺は肩を竦めて苦笑いした。
「どうしてもマスターの酒が飲みたくてね。
まだ開店前だけど、いいかな?」
じっとマスターの目を覗き込む。
すると何かを察したのか、マスターはもちろ
ん、と大きくドアを開け、中へと促した。
ひととおり開店準備を終え、カウンターに入る
と、マスターはオールドグラスにウイスキーを注
いで俺の前に置いた。美しく削られた丸氷がピキ
と音をさせて揺れる。
「たまにはどう?これは僕からの奢り」
マスターも同じものを手に、にこりと笑う。
「ありがとう。いただくよ」
グラスを手に取ってはにかんだ俺に、マスター
が乾杯の素振りをした。
「グレンリベット。シングルモルトの父と呼ば
れる酒だよ。飲みやすいよ」
そう言って、マスターがウイスキーを口に含ん
だので、俺もグラスに口をつける。カッ、と強い
刺激と共に、熱い液体が喉を流れ落ちる。冷えた
身体が温まった気がした。
「で?何があったの」
ふぅ、と小さく息を吐いて、マスターがカウン
ターに手をついた。彼の目は、いま、俺がここに
いる理由を知っているものだった。
「知ってたんだな。マスターは……」
ほんの数秒考えて、そう口にした俺に、
まあね、と口髭をへの字に曲げて頷いた。
「人間観察力がないとバーテンは勤まらない
からさ。客の容姿はもちろん、細かい情報なんか
も記憶しておかなきゃならない。だから、彼女の
こともすぐにピンときたよ。これは、もしかした
ら、ってね」
知れない、ということですね?」
僅かに落胆の色を浮かべ、そう確認すると、
父親は躊躇いがちに首を縦に振った。
「わかりました。そういう可能性もあると、胸に
留めておきますよ」
俺は父親に微笑を向けると、残っていた
コーヒーを一気に飲み干して、席を立った。
そうして、そろそろ帰ります、と言った。
「じゃあ、私も。まだ面会時間があるので」
父親も席を立ち、ラウンジの外に向かう。
じゃあ、と別れを告げた俺に頭を下げた父親の
表情には、安堵の色が透けて見えた。
店の前についたのは開店時間よりも少し前で、
入り口の照明はまだ照らされていなかった。
レンガ造りの階段を下りてドアの前に立つ。
街灯の灯りが届かない暗がりの中で、俺は
目を凝らして店のプレートを見た。
『Duo』
音楽用語で“二重奏”という意味の言葉が、この
店の名で、彼女がこの店を好んだ理由も、いまな
ら何となくわかる。
あの日記のやり取りにあったD-3089。
あれはおそらく、この店の頭文字だろう。
そんなことを思いながら店の前に立ち尽くして
いると、重い扉が開いてマスターが顔を出した。
「びっくりした!恭さんか。今日は早いね」
目を丸くしながら、白い歯を見せる。
俺は肩を竦めて苦笑いした。
「どうしてもマスターの酒が飲みたくてね。
まだ開店前だけど、いいかな?」
じっとマスターの目を覗き込む。
すると何かを察したのか、マスターはもちろ
ん、と大きくドアを開け、中へと促した。
ひととおり開店準備を終え、カウンターに入る
と、マスターはオールドグラスにウイスキーを注
いで俺の前に置いた。美しく削られた丸氷がピキ
と音をさせて揺れる。
「たまにはどう?これは僕からの奢り」
マスターも同じものを手に、にこりと笑う。
「ありがとう。いただくよ」
グラスを手に取ってはにかんだ俺に、マスター
が乾杯の素振りをした。
「グレンリベット。シングルモルトの父と呼ば
れる酒だよ。飲みやすいよ」
そう言って、マスターがウイスキーを口に含ん
だので、俺もグラスに口をつける。カッ、と強い
刺激と共に、熱い液体が喉を流れ落ちる。冷えた
身体が温まった気がした。
「で?何があったの」
ふぅ、と小さく息を吐いて、マスターがカウン
ターに手をついた。彼の目は、いま、俺がここに
いる理由を知っているものだった。
「知ってたんだな。マスターは……」
ほんの数秒考えて、そう口にした俺に、
まあね、と口髭をへの字に曲げて頷いた。
「人間観察力がないとバーテンは勤まらない
からさ。客の容姿はもちろん、細かい情報なんか
も記憶しておかなきゃならない。だから、彼女の
こともすぐにピンときたよ。これは、もしかした
ら、ってね」