Diary ~あなたに会いたい~
------何かの間違いであって欲しかった。



 そう、落胆しながら、さらに読み進める。
 すると、ある一説に目が止まった。

 “DIDとは、いくつもの人格が1つの乗り物に
乗っているような状態であり、その時、運転席
にいる人格が行先を決めているようなものである“

 「いくつもの……人格」

 僕は活字から視線をあげると、誰もいない空間
をぼんやりと見つめた。

 実は、ずっと気になっていることがあった。
 小林医師は交代人格であるゆづるも、二人が
死んだ理由を覚えていないと言っていたからだ。

 じゃあ、ゆづるさえも受け止められない現実
は、誰か“別の人格”が記憶しているのではない
だろうか?

 まだ、表には現れていないだけで、医師や父親
にも存在を知られていない誰かが、他にもいると
したら……

 僕はそこまで思い至って、頭を抱えた。
 考えれば考えるほど、絶望的な気持ちになる。
 もしも、永遠に弓月が治らなかったら?
 僕はそれでも、彼女と一緒にいられるだろうか。
 他の男と付き合っているのは、別の人格だから
と……赦すことができるのだろうか?

 「弓月……」

 冷たいテーブルに額を預けて目を閉じる。

 あの男と弓月の顔が瞼の裏で重なって、僕は
強く唇を噛んだ。

 耐えられそうにない。
 想像しただけで、心が壊れてしまいそうだ。
 また、泪が零れ落ちそうになって鼻をすすった。



-----その時だった。



 「大丈夫かね」

 突然、僕しかいないはずの空間に声がして、
僕は弾かれたように身体を起こした。

 「はい、大丈夫……です」

 何が大丈夫なのかもわからないまま、声の主に
そう答える。

 いつの間にか、僕を覗き込むようにして近藤さ
んが後ろに立っていた。僕はとっさに、読んでい
た本を肘で隠して、ぎこちなく笑った。

 「ずいぶん顔色が悪い。熱でもあるんじゃない
かね」

 怒るようにそう言った近藤さんの、眼差しは
優しい。僕は手の平を額にあてて、自分の体温を
確かめると顔を顰めた。かなり、熱かった。

 「ちょっと熱っぽいみたいですけど、大丈夫
です」

 あまり大丈夫とは言い難かったが、それでも
笑う。図書館の閉館まであと数時間だ。
 我慢できる。すると、今度は近藤さんが思いっ
きり顔を顰めた。

 「ただ出勤するだけが仕事じゃないんだ。
しっかり働ける身体じゃないなら、休んで体調を
整えてくれた方が、こっちも要らない気を遣わず
に済むんだよ。今日はもういいから、早く帰って
休みなさい」

 そう言って近藤さんはポケットから何かを取り
出すと、僕の手に握らせた。ホットレモンだ。
 入り口の自販機で買ったものらしく、まだ熱
い。僕は戸惑いながらも、はい、と頭を下げた。
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