Diary ~あなたに会いたい~
 「すみません。ありがとう、ございます」

 「それと、何も食べていないようだが、
食欲がなくても飯は食わなきゃダメだ。なんで
もいいから、食べられそうなものを買って帰り
なさい。たくさん食べて寝れば、嫌なことだっ
て忘れられるだろう。次に来る時は、もっと
ましな顔で来るように」

 早口で近藤さんにそう言われて、僕は一瞬、
答えに詰まってしまった。
 近藤さんが息を吐く。

 「何があったか知らんが、ひどい顔だ」

 「あ……」

 僕は目元を押さえて下を向いた。

 朝、鏡も見ないで来てしまったが、寝不足と
泣き疲れで腫れあがっているであろう瞼は、
熱のせいで熱い。髪だって、跳ねているはずだ。

 「すみません。気を付けます」

 「明日も無理そうなら、早目に連絡しなさい」

 「はい」

 ぽん、と一度、僕の肩を叩いて頷くと、近藤さ
んは休憩室を出て行った。
 僕は熱いホットレモンを両手で包み、目を閉じ
ると、少しだけ、頬を緩めた。







 家へ帰ってベッドに入ると、熱は派手に上がっ
ていた。身体中の関節がギシギシと軋んで痛い。
 体温計の数字は39.6度で音を鳴らしたが、
すぐに40度を超えてしまいそうな感覚だった。

 帰りがけ、コンビニで買った鍋焼きうどんは、
結局、冷蔵庫に押し込んだまま食べていない。
 熱を出すのは中学以来だから、看病をしてくれ
る人が誰もいないのは、初めてだった。



------こんな時、弓月がいてくれれば。



 熱に浮かされた頭で、そんなことを考えて苦笑
いする。もう、何も知らずに笑っていられた時間
は、二度と戻らないのだ。

 僕は鼻先まで布団をかぶって、背中を丸めた。
 しだいに意識が闇に包まれていく。
 このまま、永遠に目覚めなければ楽になれる
かも知れない……そんなことを思って、また少し
泣いた。



ピンポン………ピンポン………



 深く沈んだ意識の中で、聴き慣れない音がし
て、僕はぼんやりと目を開けた。
 部屋の明かりが眩しくて、顔を顰める。
 いつの間にか眠っていたようだ、と、壁の時計
に目をやった時だった。今度は鮮明にその音が
聴こえた。



……ピンポン、ピンポン………



 滅多に鳴ることのない、この部屋のインター
ホンが鳴っている。そう気付いた僕は、ぱっと
飛び起き、玄関へと急いだ。慌てて鍵を開ける。

 ドアの向こうに立つ人物が誰なのか……

 確認もせず勢いよくドアを開けた僕は、目の前
に立つその人を見て、言葉を失った。
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