Diary ~あなたに会いたい~
 「これはね、僕が和子から借りていたお金
なんだ。実は若い頃、事業に失敗してね。僕
には簡単に返せない額の借金があった。事情を
知った和子が、少しでも早く返せるようにと、
工面してくれたお金なんだよ」

 「母さんが、あなたに……?」

 僕は複雑な思いで、封筒を見つめた。

 毎日、身を粉にして働いていた母の姿が目に
浮かぶ。決して多くはない収入の中から、僕たち
の生活費の中から、母はこの男にお金を渡して
いたというのだ。



-----どうしてそこまで?



 僕は唇を噛んだ。

 「もちろん、僕が和子に金の無心をしたわけ
じゃない。そんなことは、一度だって、しなか
った。君たちに苦労をかけるつもりは全くなかっ
たし、一緒に暮らしても籍を入れなかったのは、
そのためだからね……」

 その言葉に、僕は顔を上げた。
 高田は少しバツが悪そうに目を伏せる。
 は、と息を吐いた。

 「和子と結婚して、君を僕の籍に入れることは
いつだってできた。でも、そうしてしまうと、僕
にもしものことがあった時、二人にまで借金が
及んでしまうんじゃないかという不安があった
んだ。だから、きっちり返済を終えてから籍を
入れる。和子とはそう、約束してたんだよ」

 僕は初めて聞く話に困惑し、言葉を詰まら
せる。
 
 同じ屋根の下に暮らしながら、なぜこの男は
母を“妻”にしようとしないのか?子供ながらに、
密かに、そのことを恨んでいたからだ。

 結局、家族のような顔をしていても、この人が
僕の父親になることはない、と。
 虚構の優しさに甘えても、いつか、自分が傷つ
くだけなのだと、ずっとそう思っていた。

 なのに、僕だけが知らされていなかった真実
は、紛れもなく、僕たちへの優しさで……
 今さら、どんな顔をしていいかわからない。

 「どうして、話してくれなかったんですか。
知っていれば僕だって……」

 もっと、笑っていられたのに。
 その言葉は、喉の奥に押し込んで高田の顔を
見る。高田は僕の目を見て頷くと、困ったように
眉を寄せた。

 「まだ小学生だった君に、大人の事情を話すの
も難しくてね。いや、男として情けないところを
見せたくない、ってゆう僕の意地も、あったかも
知れないな。結局、和子に苦労かけちゃったんだ
から、意地も何もないんだけどね……」

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