Diary ~あなたに会いたい~
 「こんばんは」

 店の入り口に立って声をかけると、ノート
に何かを書きつけていたらしい彼女が、パッ
と顔を上げた。僕を見て一瞬、戸惑ったよう
に目を見開く。けれど、すぐに優しく笑んで
くれた。

 「こんばんは。今日は暖かい一日でしたね」

 大股で、早歩きで、ここまで来た僕の額に、
汗が滲んでいることに気づいたのだろう。
 彼女は白い歯を見せて、小首を傾げた。
 
 「はい。ほんとに」

 つられたように頬を緩め、手の甲で汗を
拭う。すると、レジ台から出てきた彼女が、
僕の横に立って聞いた。

 「お花、昨日と同じでいいですか?」

 「はい。昨日と同じで、お願いします」

 汗を拭きながら頷くと、彼女は昨日と同じ
ようにまた、一輪のトルコキキョウを手に
戻った。その花を、セロファンで包む。
 包みながら、彼女は徐に口を開いた。

 「贈り物ですか?」

 昨日は聞かれることのなかった質問に、
僕は一瞬、答えに窮して彼女の目を覗き
込んだ。そうして、いえ、と首を振った。
 探るような視線を向け、僕の言葉を待って
いるらしい彼女に「母の仏壇に」と、付け
加える。

 「そうですか。お母様の……」

 彼女がじっと花を見つめる。そして、今日
は金色のシールではなく、水色のシールを
セロファンの端に貼って、僕に手渡した。

 「また、明日来ます」

 昨日と同じようにゆっくりと、そう言った
僕の顔を見て、彼女が困ったように首を振る。



-----やはり、迷惑なのだろうか?



と、表情を止め、彼女を見つめる僕の耳に
届いたのは、至極柔らかな声だった。

 「ごめんなさい。明日はお店、休みなん
です」

 「ああ……お休み、か」

 店の入り口に「水曜定休」と書いてあったこと
を思い出して、僕は苦笑いした。
 その様子を見て、ふふっ、と彼女も笑う。

 僕は何だか急に恥ずかしくなって、ガリガリ
と頭を掻いた。

 「じゃあ、あの……明後日も、来ます。次の
日も、その次の日も、花を買いに……」

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