Diary ~あなたに会いたい~
僕は促されるまま店の奥へ進み、「あがって
ください。お茶でも淹れますから」と、家と店
とを繋ぐ入り口の灯りをつけた父親の背中を
呼び止めた。
「あの」
「………?」
暗がりの中で橙の灯りに照らされた父親が、
僕を振り返る。僕はほんの少し前に見つけた
ばかりの、僕の気持ちを口にした。
「僕はずっと、弓月さんと一緒にいたいです。
だから、僕が弓月さんの側にいることを許して
ください」
父親が目を見開く。
その表情は、驚いているのか、戸惑っている
のか、よくわからない。
「それは……あの子と結婚したい、という
意味でしょうか?先日お話した通り、あの子の
病気は治る保証がありません。それでもあなた
は、ずっとあの子の側にいてくださる、という
ことですか?」
どこか、縋るような眼差しをして父親が僕
に訊く。僕は、“結婚”という言葉にどきりと
しながらも、背筋を伸ばして頷いた。
「もちろん、結婚はしたいです。でも、弓月
さんの病状がそれを許さないなら……僕はずっ
と、恋人のままで構いません。大切なことは、
弓月さんが僕を必要としてくれるかということ
と、僕が弓月さんの支えになれるかどうかだと、
思うんです」
正直、先のことは、何ひとつわからない。
今もまだ、眠り続けているらしい弓月が、
いつ、目覚めるのかも、そのとき、彼女に
どんなことが起こるのかも、弓月が僕を覚えて
いてくれるのかさえもわからないのだ。
それでも、弓月の側にいたいと思う。
今はただ、その気持ちを、誰よりも父親に
知っていて欲しかった。
「弓月には、あなたが必要です。でも、
あの子の心は、あなただけを、選ぶことはでき
ない。そのことで、あなたが辛い思いをする
ことは目に見えているんです。それでも、
あの子の為に側にいてやって欲しいと……
あなたが傷つくのをわかっていながら、私は
あの子の幸せを願ってしまっても、いいんで
しょうか?」
もはや、泣き出してしまいそうな程に顔を
歪めて、父親が僕を見る。
僕は目を細めた。
その言葉を口にするのは、少しだけ勇気が
いった。
「僕が傷つくだけなら、それでいいです。僕が
側にいて弓月が辛くないなら、僕はそれで……」
すっ、と心が静まった。
弓月の笑顔が、脳裏に浮かぶ。
彼女が幸せでいるために、僕が必要とされる
なら……
どんな苦しみにも耐えられる気がした。
一度大きく目を見開いて、父親は顔を伏せた。
暗がりの中、その顔から光に照らされた滴が、
ひとつ、またひとつと、零れ落ちる。
ありがとう、と、くぐもった声がして、僕は
小さく首を振った。顔を伏せたままの父親が、
僕の手を握りしめ、震える声で、また、ありが
とう、と言った。
僕はその声に、何も答えられないまま、ただ、
緩く、父親の手を握り返した。
ください。お茶でも淹れますから」と、家と店
とを繋ぐ入り口の灯りをつけた父親の背中を
呼び止めた。
「あの」
「………?」
暗がりの中で橙の灯りに照らされた父親が、
僕を振り返る。僕はほんの少し前に見つけた
ばかりの、僕の気持ちを口にした。
「僕はずっと、弓月さんと一緒にいたいです。
だから、僕が弓月さんの側にいることを許して
ください」
父親が目を見開く。
その表情は、驚いているのか、戸惑っている
のか、よくわからない。
「それは……あの子と結婚したい、という
意味でしょうか?先日お話した通り、あの子の
病気は治る保証がありません。それでもあなた
は、ずっとあの子の側にいてくださる、という
ことですか?」
どこか、縋るような眼差しをして父親が僕
に訊く。僕は、“結婚”という言葉にどきりと
しながらも、背筋を伸ばして頷いた。
「もちろん、結婚はしたいです。でも、弓月
さんの病状がそれを許さないなら……僕はずっ
と、恋人のままで構いません。大切なことは、
弓月さんが僕を必要としてくれるかということ
と、僕が弓月さんの支えになれるかどうかだと、
思うんです」
正直、先のことは、何ひとつわからない。
今もまだ、眠り続けているらしい弓月が、
いつ、目覚めるのかも、そのとき、彼女に
どんなことが起こるのかも、弓月が僕を覚えて
いてくれるのかさえもわからないのだ。
それでも、弓月の側にいたいと思う。
今はただ、その気持ちを、誰よりも父親に
知っていて欲しかった。
「弓月には、あなたが必要です。でも、
あの子の心は、あなただけを、選ぶことはでき
ない。そのことで、あなたが辛い思いをする
ことは目に見えているんです。それでも、
あの子の為に側にいてやって欲しいと……
あなたが傷つくのをわかっていながら、私は
あの子の幸せを願ってしまっても、いいんで
しょうか?」
もはや、泣き出してしまいそうな程に顔を
歪めて、父親が僕を見る。
僕は目を細めた。
その言葉を口にするのは、少しだけ勇気が
いった。
「僕が傷つくだけなら、それでいいです。僕が
側にいて弓月が辛くないなら、僕はそれで……」
すっ、と心が静まった。
弓月の笑顔が、脳裏に浮かぶ。
彼女が幸せでいるために、僕が必要とされる
なら……
どんな苦しみにも耐えられる気がした。
一度大きく目を見開いて、父親は顔を伏せた。
暗がりの中、その顔から光に照らされた滴が、
ひとつ、またひとつと、零れ落ちる。
ありがとう、と、くぐもった声がして、僕は
小さく首を振った。顔を伏せたままの父親が、
僕の手を握りしめ、震える声で、また、ありが
とう、と言った。
僕はその声に、何も答えられないまま、ただ、
緩く、父親の手を握り返した。