Diary ~あなたに会いたい~
 「お待たせいたしました」

 目を落としていた単行本をパタリと閉じて、
声の主を見上げる。銀のトレーを手に、テー
ブルの横に立つ店員さんが軽く頭を下げた。

 「こちら本日のコーヒー、コロンビアです。
ご注文は以上でお揃いですか?」

 「はい」

 品の良い笑顔を向ける女性に、頷く。
 にこり、と、また頭を下げてカウンターの
奥へ戻る背中を見送りながら、僕は店の壁時計
を見た。



-----時刻は6時12分。



 弓月が店を閉めて、2軒となりのカフェ
“イチゴイチエ”に来るのはたぶん、6時40分
過ぎだろう。
 狭い店内の一番奥、2人掛けのソファーに
ゆったりと腰を下ろして、僕はカップを口に
運んだ。甘く優しい香りに気分を満たされて、
ほっと息をついた。




 弓月が花束を受け取ってくれたあの日から、
もうすぐ3週間になる。
 仕事を終えた僕が先にこの店に入り、弓月
と待ち合わせをして、ふたりでお茶をするの
が、僕たちの平日の過ごし方になっていた。

 テーブルに置いた単行本を、また手に取って
開く。読書が唯一の趣味である僕が、お薦めの
本を弓月に貸してあげるのは、今日で3冊目だ。

 この探偵シリーズは本当に面白い。
 面白くて、何度も読み返したから、ラストの
3、4ページはほとんど暗記していて、目を閉
じていても暗唱できるほどだった。

 すっかり冷めた最後の一口を口に含んでカップ
をソーサーに戻した。

 その時、カラン、とベルの音をさせて店の戸
が開いた。いつもの席に座る僕を見つけ、彼女
が微笑む。



-----コツコツコツ。



 古い木の床を歩く彼女のサンダルが、控えめな
足音を立てた。

 「お疲れさま」

 少し腰をずらして隣をあけた僕に、「ありが
と」と言って彼女が座る。
 アンティーク調の茶色いソファーが彼女の体を
支えて、ギシと僕を揺らした。

 「はい、これ」

 僕は、いま座ったばかりの彼女に、さっそく
お薦めの本を渡した。

 「ありがとう」

 ふふっ、と、肩を竦めて弓月が本の表紙を
開く。

 「まだ、先週借りた本が読み終わってないの。
これ、しばらく借りるけどいい?」

 パラ、と目次に目を通すと、すぐに本を閉じて
言った。
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