Diary ~あなたに会いたい~
 「じゃあ明日のお昼ご飯、私が作ってあげる。
何がいい?食べたいもの言って」

 唐突に、嬉しそうに、彼女がそう聞くので、
僕は停止しかけていた思考をフル回転させた。

 「お昼ごはん、か。えーっと、そうだな……」

 何げなく、暗闇に佇む、錆びたブランコを見や
る。不意に、幼い頃の記憶が甦った。

 「オムライス……が、いいかな」

 僕は呟いた。

 「オムライス?」

 弓月が少し意外そうな顔をしながら、反芻する。

 「そう。オムライス」

 照れたように少し目を伏せた僕は、もっとも
らしい理由を述べた。

 「僕のアパート、コンロが1つしかないんだ。
だから、あまり手の込んだものは作れないし。
でも、オムライスなら作れるだろう?」

 別にオムライスをリクエストすることが、
恥ずかしいわけではない。でも、本当の理由を
口にするのは気恥ずかしくて、僕はまたブランコ
に目をやった。

 「わかった。じゃあ、とっておきのオムライス
を作ってあげるね!」

 「うん。楽しみにしてる」

 彼女が笑って頷いてくれたので、僕も顔を上げ
て白い歯を見せた。

 「帰ろうか。もう8時過ぎてる」

 立ち上がって彼女を向くと、僕は手を差し出し
た。

 「ん」

 弓月の柔らかな手が、しっかりと絡まる。
 ザァとまた、ぬるい風が僕の短い前髪を揺ら
して通り抜ける。何気なく空を見上げた僕の額
に、せっかちな空がポツリと一粒の雫を落として
いった。





 もうすぐ、住み始めて10年になるこのアパー
トの階段を、女性を連れて上がるのは初めてだっ
た。階段を上がる時も、通路を歩く間も、僕は
落ち着かない心地で部屋のカギを握りしめていた。



----カタン



 雨水を払った傘を窓のサッシにかける。
 淡いピンクに白い小花が可愛らしい、女性物の
傘が僕の黒い傘の隣に並んだ。

 「どうぞ」

 出来る限り平静を装って、弓月を部屋に入れ
る。声が上擦ってしまわないようにするのに、
苦心した。部屋に入ってすぐ、食材の入った
ビニール袋を部屋の隅に置いて、弓月が呟いた。
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