Diary ~あなたに会いたい~
 仏壇の中の、小さな遺影の前に皿を置く。

 「お線香、あげていい?」

 隣に立った弓月が、僕の顔を覗いてそう
訊いたので、僕は目を細めて見せた。
 弓月が線香を手に仏壇の前に立つ。
 チラチラと揺れる細い炎に線香の先をかざ
すと、まもなく、すっと白い煙が立ち登った。
 低く盛られた灰の真ん中に線香を立て、
弓月が手を合わせる。
 僕はじっと、彼女の横顔を眺めていた。

 僕ではない他の誰かが、母の仏壇に手を
合わせてくれるのは、弓月が初めだ。
 その事が、何だか嬉しかった。
 そして、照れくさくもあった。
 母に恋人を紹介しているような、気恥ず
かしさだ。もし、母が生きていたなら、弓月を
見て、どんな顔をしただろう?

 そんな事を、考えていた僕に弓月が言った。

 「似ているね。お母様に」

 ゆっくりと目を開けた弓月が、写真の中の
母を見つめている。

 「……そうかな?」

 僕は、ぎこちなく笑って首を傾げた。



-----僕は父親を知らない。



 だから、僕がどちらに似ているのかは、
わからない。けれど、やや細い切れ長の瞳と、
広い瞼を縁取る薄めの眉は、きっと、母から
譲り受けたものだろう。

 どちらかというと、印象が薄くなりがちな
その目元が、僕のコンプレックスでもあった
のだけど……

 「温かいうちに、オムライス食べようか」

 「うん。お腹空いちゃったね」

 僕は短い沈黙を破って、ポケットに突っ込ん
でいた両手を抜き出し、蝋燭の炎を手で消した。







 弓月が、まじまじと僕の顔を見つめている。
 ベッドを背に胡坐をかき、スプーンを口に
運んだ僕は、彼女の熱い眼差しを意識しながら、
ごくりとオムライスを飲み込んだ。

 「どう?美味しい???」

 スプーンを握りしめた弓月が、じっと感想を
待つ。僕は素直に、思ったままを口にした。

 「その辺のレストランより、10倍美味しい」

 まだ口に残るオムライスを飲み込みながら、
僕は大きく頷いた。

 「ホント?良かった!!」

 弓月が満足そうに笑う。じゃあ私も、と、
オムライスを口に運んで、うん、美味しい、
と頷いた。
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