Diary ~あなたに会いたい~
花を選び始めた彼女が「新しい仏様ですか?」
と、振り返って尋ねる。肩口までは届かない、
艶やかな黒髪がわずかに揺れる。
「はい」と答える僕に頷くと、一輪、また
一輪、と手に取って、器用に花を束ねていった。
長いまつ毛に縁取られた瞳が、零れるような光
を映していて、僕は彼女の横顔を静かに眺めなが
ら、時が流れてしまうことを、ただ惜しんだ。
「こちらで、いかがですか?」
濃い緑と白のコントラストが涼しげな花束を、
すっと彼女が差し出す。
しばし彼女に見惚れていた僕は、不意にその声
に意識を引き戻され、慌てて首を縦に振った。
にこり、とまた笑って、彼女が透明のセロファ
ンを切り取る。黄色い光が、ゆらりと踊るその
セロファンで花束を包み込むと、彼女は一度レジ
台に置いた。会計を済ませ、財布をカバンにしま
い込んだ僕の手に、そっと花束をのせる。
「ありがとうございました」と、レジ台越しに
彼女が笑う。咄嗟に、何か言わなくては、と、
思いを巡らせた僕は、不自然なほど真剣な眼差し
を彼女に向けた。けれど、考えた末に口をついて
出た言葉は、「また来ます」という、ありふれた
もので……
ただの客のひとりに過ぎない僕が、ここにいる
理由は、もはや、何もなかった。
僕は名残惜しい気持ちを振り切るように頭を
下げると、ポツリと雨が落ち始めた夜空の下へ
飛び出して行った。
-----翌日の昼休み。
早々とコンビニ弁当を平らげた僕は、ブラック
コーヒーを口に運びながら、固い花図鑑の表紙
を開き、目を落としていた。
狭い部屋の真ん中に、木製のテーブルが2つ合わ
せてあるだけの休憩室は、市立図書館の地下
1階、第一書庫の隣にある。中地下とも呼べる
その部屋の窓からは、図書館に出入りする人々
の足元だけがせわしなく見えて、日の光はあまり
届かない。
と、振り返って尋ねる。肩口までは届かない、
艶やかな黒髪がわずかに揺れる。
「はい」と答える僕に頷くと、一輪、また
一輪、と手に取って、器用に花を束ねていった。
長いまつ毛に縁取られた瞳が、零れるような光
を映していて、僕は彼女の横顔を静かに眺めなが
ら、時が流れてしまうことを、ただ惜しんだ。
「こちらで、いかがですか?」
濃い緑と白のコントラストが涼しげな花束を、
すっと彼女が差し出す。
しばし彼女に見惚れていた僕は、不意にその声
に意識を引き戻され、慌てて首を縦に振った。
にこり、とまた笑って、彼女が透明のセロファ
ンを切り取る。黄色い光が、ゆらりと踊るその
セロファンで花束を包み込むと、彼女は一度レジ
台に置いた。会計を済ませ、財布をカバンにしま
い込んだ僕の手に、そっと花束をのせる。
「ありがとうございました」と、レジ台越しに
彼女が笑う。咄嗟に、何か言わなくては、と、
思いを巡らせた僕は、不自然なほど真剣な眼差し
を彼女に向けた。けれど、考えた末に口をついて
出た言葉は、「また来ます」という、ありふれた
もので……
ただの客のひとりに過ぎない僕が、ここにいる
理由は、もはや、何もなかった。
僕は名残惜しい気持ちを振り切るように頭を
下げると、ポツリと雨が落ち始めた夜空の下へ
飛び出して行った。
-----翌日の昼休み。
早々とコンビニ弁当を平らげた僕は、ブラック
コーヒーを口に運びながら、固い花図鑑の表紙
を開き、目を落としていた。
狭い部屋の真ん中に、木製のテーブルが2つ合わ
せてあるだけの休憩室は、市立図書館の地下
1階、第一書庫の隣にある。中地下とも呼べる
その部屋の窓からは、図書館に出入りする人々
の足元だけがせわしなく見えて、日の光はあまり
届かない。