Diary ~あなたに会いたい~
 「ねぇ、あなたも飲んでみる?」

 突然、彼女がグラスを差し出しながら、
俺の目を覗き込んだ。

 「……………」

 返事をしないまま、視線をカクテルに向ける。
 ロンググラスの中には下から、赤、濃いピン
ク、薄い黄色の3色の液体が、混ざりあうこと
なく器用に注がれていた。

 「綺麗だな」

 初めて見るそのカクテルに感心しながら、俺は
手に取ってひと口飲んでみた。
 3色に分かれているそのカクテルは、口に含む
と爽やかな柑橘の風味が広がって、色合いから
想像するほど甘くはない。

 「美味しいでしょう?」

 ふふっ、と、得意そうに“ゆづる”が笑う。

 彼女の笑顔に気を取り直した俺は、
「うん。美味しい」と、素直に微笑んだ。

 「これね、私だけのオリジナルなの」

 そう言うと、彼女はカウンターの方を見なが
ら、一口、また一口とグラスを傾ける。
 
 「だろうね」

 短い返事をして横顔を見つめる。
 年は25、6といったところだろうか?
 さりげなくグラスを持つ手に目をやれば、
その細い指に「誰かのもの」である印はない。
 けれど、たった今、自分の名を偽ったばかりの
彼女が、この先、何かを聞いたところで本当の事
を語ってくれるとも思えない。だから、俺はこれ
以上“彼女のこと”を聞くことはしなかった。



-----期待外れか。



 ついさっきまで、胸を弾ませていた甘美な予感
が、あっと言う間に散って消える。
 もはや、二人の間に流れる沈黙も、居心地が
悪かった。仕方ない。このまま適当に切り上げよ
うか、と、残りの酒を一気に飲み干した時だった。

 ゆづるが徐に口を開いた。

 「店、出ましょうか。連れて行きたいところ
が、あるんでしょう?私を」

 思いも寄らぬその言葉に、つるりと手から落ち
てしまったグラスを、辛うじて両手で受け止め
る。返事も出来ないまま彼女を見つめる俺に、
くすりと艶のある笑みを向けると、ゆづるは
さらに続けた。
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