Diary ~あなたに会いたい~
 「今日もそのお店行って、遠野(とおの)君の連絡先
を彼女に渡たしたりすれば、何か始まるかも」

 ふふっ、と田辺さんが目を細める。
 その表情は僕をからかっているのか、それと
も、真剣にアドバイスをしてくれているのか、
よくわからなかった。

 「いや、それは、ちょっと……」

 僕はぎこちなく笑って俯く。
 年齢=彼女いない歴の僕には、あまりにも
ハードルが高すぎる。

 「だってその人、すごーく綺麗なんでしょ
う?早くしないと他の人に取られちゃうかも
よ?黙って見てるだけじゃ何にも始まらない
し。こういうのって、勢いが大事なんだから」

 目をキラキラと輝かせて、田辺さんが言う。
 そしてまた、残りのお弁当を食べ始めると、
彼女は小さくため息をついて「恋かぁ、いい
なぁ」と呟いた。

 その彼女の薬指には、真新しいマリッジリン
グがキラリと誇らしげに光っている。
 この図書館に勤めて5年になる僕の、ただ
一人の同期である田辺さんが結婚したのは、
去年の秋の事だ。
 既婚者であり、決して恋愛の対象には成り
得ない彼女は、僕にとって唯一気兼ねなく話
せる“女性”で、口下手すぎる僕に臆すること
なく、いつも笑って話しかけてくれる“大切
な友人”でもあった。

 「はい、コレ。貸してあげる」

 お弁当を食べ終えた彼女が、鞄から、すっ、
とメモ帳のようなものを差し出した。
 手に取って見れば、それは可愛らしいコト
リや花で縁取られた、一筆書きの用の便箋で、
僕は、でも、と眉を寄せて彼女の方を見た。

 「いいから。気にしないで使って。私、
こういうの沢山持ってるんだ」

 にっこりと、笑みをこちらに向けながら、
彼女が手で制す。
 実のところ、僕が躊躇したのは、“彼女に
連絡先を渡す”ことであって、“田辺さんに
便箋を借りる”ことではなかったのだけれど。

 今さら誤解を訂正するのも気が引けたの
で、僕はありがとう、と、彼女の好意を素直
に受け取った。
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