Diary ~あなたに会いたい~
 「っと……失礼」

 閉じかけの扉を手で押さえ、エレベーター
に滑り込む。と、四角い空間の奥にひとり。
 立っていた女性が、ふふ、と笑んだ。

 「お疲れさま。今日はもう上がり?」

 「ああ。何とかね」

 ネクタイを緩め、彼女とは反対側の壁に身体
を預ける。それだけの事で、身体はオフモード
に切り替わり、呼吸が楽になった。

 「ところで、話ってなに?」

 チカチカと点滅しながら下がっていく、
エレベーターのボタンを目で追いながら、
尚美に訊いた。
 定時をとっくに過ぎたエレベーターのボタン
は、止まらない。ひとときの間、ふたりの会話
を閉じ込めてくれそうだった。

 「ああ、うん」

 微かに、尚美の声が迷う。
 俺は視線の片隅で彼女の様子を窺った。

 「やっぱり、あなたを推したいみたい」

 「………そっか」

 「最年少で、副部長昇進ね。喜ばしいこと
だけど、福岡は遠いね」

 彼女の声のトーンが下がる。

 「まあ。遠いな」

 俺は息を吐き出しながら、笑った。
 エレベーターのボタンは点滅を繰り返し
ながら、ふたりを1階ロビーへ運んで行く。

 「今日、このあと会えそうなの。何か聞けた
ら、また伝えるから」



-----ポン♪



 間の抜けた音をさせて、扉が開いた。

 「ありがとう。じゃあ、また」

 一瞬だけ彼女を振り返ると、俺はガラス張り
の明るいロビーを、足早に歩いて行った。








 「はい。特製ナポリタン」

 いつもの席で、いつものように、入り口を
眺めていた俺の前に、マスターが白い皿を
置いた。ケチャップの甘い香りが鼻孔をくす
ぐって、空っぽの胃袋を刺激する。

 「どうも」

 俺は差し出されたフォークを受け取った。
 フォークの先から白い紙ナプキンを外して、
スパゲティに絡めると、ほわほわと白い
湯気が上がる。

 「熱いからね。気を付けて」

 にこりと笑って見せた彼に頷いて、俺は
ひと口目を頬張った。

 


 あの夜からもうすぐ1週間になる。

 来るのか、来ないのかわからない彼女を、
俺は相変わらずこの店で待っていた。
 けれど以前ほど、待つことが苦痛ではなく
なっていた。



-------きっと会える。



 その予感が、待つ時間を楽しみに変えて
くれる。この店の居心地が良いのも、理由
のひとつかも知れなかった。
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