Diary ~あなたに会いたい~
 「そろそろ……今日あたり来るかな?」

 キュ、キュと軽快な音をさせながら、マスター
が目の前でグラスを磨く。

 「どうかな?」

 小首を傾げながら、俺は最後のひと口を口に
押し込んだ。

 「嫌われては、いないみたいだからな。好かれ
ても、いないかも知れないけど」

 四角い氷がいくつも浮かぶロンググラスを手
に、らしくない弱音が口を突いて出る。
 マスターは口髭を歪めて、入り口を見やった。
 その時だった。



-------カラン。



 ドアのベルが鳴なった。
 マスターが目を見開く。
 俺はその表情を見、ゆっくりと後ろを振り
返った。



------ゆづるが、そこにいた。



 あの夜と同じようにドアノブを握ったまま、
立っている。
 けれど、その表情は凍ってはいない。
 見開いた目に困惑の色は滲んでいても、俺を
拒んではいなかった。

 グラスを置いて立ち上がろうとした俺は、
瞬間、思い留まって彼女に笑いかけた。

 「入ったら?邪魔になるよ」

 隣の椅子を指差して、笑みを深める。
 ふわ、と背後から風に揺れた髪を掻き上げ、
少し不機嫌な顔をすると、彼女は店に入った。

 「もう、画は描いてあげた筈だけど?」

 ストン、と俺の隣に腰かけて口を尖らせる。

 「ああ」

 頷いて、俺は一気にグラスの液体を飲み
干した。そして、頬杖をついて彼女の顔を覗き
込んだ。

 「素晴らしい画をありがとう。やっぱり、キミ
は天才だな。感動したよ。本当に」

 賛辞の言葉を並べても、ゆづるの不機嫌なそれ
は変わらない。

 「で?」

 もう用は済んだだろう?と言いたげに横目で
俺を睨むと、手を挙げてマスターを呼んだ。



-----呼ぼうと、した。



 その手を掴んで止める。
 怪訝な顔をしてゆづるが俺を向いた。
 
「悪いけど、ちょっと付き合って欲しいところ
があるんだ。今日はこのまま店を出ないか?
酒は今度ご馳走するからさ」

 「店を出るって……いったいどこ行くの?」

 ゆづるが思い切り顔を顰める。
 俺は構わず、彼女の手を引いて席を立った。
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