Diary ~あなたに会いたい~
いま腰掛けたばかりの椅子を下ろされて
も、彼女は手を振り払おうとはしない。
それでも、彼女が逃げてしまわないよう
に、俺はしっかり手を握った。
「ごめん。これで宜しく」
さっと諭吉を一枚テーブルに置いて、
カウンター奥のマスターに片手で詫びる。
彼は肩を竦めて、2度頷いた。
「急ごうか。外に車停めてあるんだ」
「車って、あなたお酒飲んでるでしょう!?」
店の戸を開けて階段を上がる背中越しに、
彼女が声を上げる。
はは、と笑いながら俺は振り返った。
「大丈夫。あれウーロン茶だから」
「ウーロン茶!?」
「そう」
あきれたように目を見開いた彼女の瞳には、
愉し気な俺が映り込んでいる。
“どこへ行くの?”という問いかけが無意味で
あることを察したのか、ゆづるは一度開きかけ
た唇を閉じた。
「わかった。付き合うから、手を離して。
そんなに強く握ったら、痺れちゃう。もう逃げ
たりしないから」
繋いだ左手を解くように持ち上げる。
俺は少し考えて、手を緩めた。
「そう?じゃあ、これで」
繋いだ手を離さずに階段を上がりきると、
隣に並んで立ったゆづるが横目で睨む。
そうして、ぼそりと呟いた。
「そういうところ、そっくり」
俺は聞こえないふりをしたまま、薄雲に
隠れるように浮かぶ有明月を見上げた。
------キッ。
深夜のハイウェイを走り抜け、目的の場所で
車を停める。と、フロントガラスの向こうに
広がる光景を目の当たりにして、ゆづるは
驚いた顔をして俺を向いた。
そして、ずっと噤んでいた口を開いた。
「付き合って欲しい場所って、ここ?」
「そう。降りてみる?」
にっ、と笑ってドアを開ける。
すると、冷たい夜風と共にゴウという低い
地鳴りのような音が聞こえてきた。
「綺麗だな」
ボンネットの前に立って、俺は目を細めた。
暗い海の向こう側に広がる工場風景が、幾重
もの光と白い煙で夜空を削っている。
人気のない暗闇に浮かぶ金属の巨大建築物
は、普通の街並みでは決して見ることのでき
ない幻想的な夜景を目の前に創り出していた。
も、彼女は手を振り払おうとはしない。
それでも、彼女が逃げてしまわないよう
に、俺はしっかり手を握った。
「ごめん。これで宜しく」
さっと諭吉を一枚テーブルに置いて、
カウンター奥のマスターに片手で詫びる。
彼は肩を竦めて、2度頷いた。
「急ごうか。外に車停めてあるんだ」
「車って、あなたお酒飲んでるでしょう!?」
店の戸を開けて階段を上がる背中越しに、
彼女が声を上げる。
はは、と笑いながら俺は振り返った。
「大丈夫。あれウーロン茶だから」
「ウーロン茶!?」
「そう」
あきれたように目を見開いた彼女の瞳には、
愉し気な俺が映り込んでいる。
“どこへ行くの?”という問いかけが無意味で
あることを察したのか、ゆづるは一度開きかけ
た唇を閉じた。
「わかった。付き合うから、手を離して。
そんなに強く握ったら、痺れちゃう。もう逃げ
たりしないから」
繋いだ左手を解くように持ち上げる。
俺は少し考えて、手を緩めた。
「そう?じゃあ、これで」
繋いだ手を離さずに階段を上がりきると、
隣に並んで立ったゆづるが横目で睨む。
そうして、ぼそりと呟いた。
「そういうところ、そっくり」
俺は聞こえないふりをしたまま、薄雲に
隠れるように浮かぶ有明月を見上げた。
------キッ。
深夜のハイウェイを走り抜け、目的の場所で
車を停める。と、フロントガラスの向こうに
広がる光景を目の当たりにして、ゆづるは
驚いた顔をして俺を向いた。
そして、ずっと噤んでいた口を開いた。
「付き合って欲しい場所って、ここ?」
「そう。降りてみる?」
にっ、と笑ってドアを開ける。
すると、冷たい夜風と共にゴウという低い
地鳴りのような音が聞こえてきた。
「綺麗だな」
ボンネットの前に立って、俺は目を細めた。
暗い海の向こう側に広がる工場風景が、幾重
もの光と白い煙で夜空を削っている。
人気のない暗闇に浮かぶ金属の巨大建築物
は、普通の街並みでは決して見ることのでき
ない幻想的な夜景を目の前に創り出していた。