Diary ~あなたに会いたい~
 「もっと、違う場所かと思ってた」

 「ホテル、とか?」

 少し寒そうに腕を組んで隣に立つ、彼女を
見る。彼女は肯定するように、ふっと笑った。

 「綺麗ね。本当に」

 「だろ?ここは工場夜景のエリアの中でも
ひと気の少ない穴場なんだ。ここなら、静かに
スケッチできると思ってさ」

 「スケッチって、ここで?」

 さら、と風になびく髪をゆるく掻き上げて
ゆづるが俺を見上げる。

 俺は頷くと、隠し持っていたスケッチブック
を差し出した。

 「コレ、買っておいた。色鉛筆はあるだろ
う?」

 グリーンの固い表紙に挟まれたスケッチブッ
クを手に取って、ゆづるが目を丸くする。

 一見、冷淡にも見えてしまう彼女の表情が、
コロコロと豊かに変わるのを見るにつけ、俺は
ゆづるへの想いが確かなものに変わりつつある
のを、密かに感じた。

 「あるけど。わざわざこんな物まで用意して、
もし私が描きたくないって言ったら、どうする
つもりだったの?」

 ゆづるが口元を歪める。
 相手の反応を見て楽しんでいる顔だ。
 俺はポケットに両手を突っ込んで、小さく
首を振った。

 「描くよ、キミは。だって描きたいだろ?
あの店の画を見て思ったんだ。キミは光を
背景に画を描くのが、とても上手い。もちろん、
人物画も上手いけど。この風景ならもっと、
キミの才能を生かせるんじゃないかって、
思ってね。どうかな。当たってる?」

 ひとしきり言い終えて、ゆづるの顔を覗く。
 と、彼女は堪えきれないといった様子で
 ぷっ、と吹き出した。

 「あなたって、本当におかしな人ね。画の
知識も技術も何にもわかんないくせに、私の
画が上手いだの才能があるだの、褒めちぎる
んだから。でも、言ってることは、当たって
る。好きよ、こういう風景。画にして持って
帰りたいわ」


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