Diary ~あなたに会いたい~
じっと、海の向こうを眺めていた瞳が緩やか
に俺を捉える。静かに風に靡く髪を、頬に絡め
た顔は、ぞくりと背筋が震えるほどに美しい。
俺はごくりと唾を呑んだ。
「でも、このまま外で描くのは寒いだろうな。
風も冷たいし、中に入ろうか」
ボンネットに預けていた身体を起こして、背を
向ける。すると、彼女は首を振った。
「ここでいい」
「でも、寒いぞ?」
振り返って眉を顰めるも、ゆづるはすでに鞄か
ら取り出した色鉛筆を、手際よくボンネットの上
に並べている。
俺はため息をつくと、ジャケットを脱いで彼女
の肩にかけた。
「じゃあ、俺は中で待ってる」
「うん」
スケッチブックを片手に工場を見やる彼女の
心は、もう、ここにいないようだった。
俺はしばし、その横顔と海の向こうとを交互に
見つめたあと、彼女の邪魔をしないようにひと
り、車に戻った。
シートを倒して身体を預ける。
両手を頭の後ろで組んで、フロントガラス越し
に彼女の背中を眺めた。線の細い肩を覆うジャ
ケットの袖が、彼女の手の動きに合わせて揺れ
ている。
時に大きく、時に小さく、スケッチブックの上
を滑るその手は、どんな風景を映しとってゆくの
だろうか?
数時間後に描きあがるであろう、風景画を想像
して、俺は頬を緩めた。
------彼女は、逃げなかった。
店で待つ俺を見つけた時も、強引に店から連れ
出した時も、彼女は戸惑った顔を見せただけで、
俺の手を解かなかった。
握りしめた柔らかな手の感触を思い出して、
目を閉じる。
会えてよかったと、思う心の裏側で拒絶される
ことに怯えている自分に、気付いていないわけで
はなかった。
ただ、会えればいいと、そう思っていただけの
気持ちは、たった数時間の間に、それ以上の想い
を抱え始めている。
「参ったな」
無意識に、口から零れ落ちた言葉が、誰もいな
い車内に消えた。
に俺を捉える。静かに風に靡く髪を、頬に絡め
た顔は、ぞくりと背筋が震えるほどに美しい。
俺はごくりと唾を呑んだ。
「でも、このまま外で描くのは寒いだろうな。
風も冷たいし、中に入ろうか」
ボンネットに預けていた身体を起こして、背を
向ける。すると、彼女は首を振った。
「ここでいい」
「でも、寒いぞ?」
振り返って眉を顰めるも、ゆづるはすでに鞄か
ら取り出した色鉛筆を、手際よくボンネットの上
に並べている。
俺はため息をつくと、ジャケットを脱いで彼女
の肩にかけた。
「じゃあ、俺は中で待ってる」
「うん」
スケッチブックを片手に工場を見やる彼女の
心は、もう、ここにいないようだった。
俺はしばし、その横顔と海の向こうとを交互に
見つめたあと、彼女の邪魔をしないようにひと
り、車に戻った。
シートを倒して身体を預ける。
両手を頭の後ろで組んで、フロントガラス越し
に彼女の背中を眺めた。線の細い肩を覆うジャ
ケットの袖が、彼女の手の動きに合わせて揺れ
ている。
時に大きく、時に小さく、スケッチブックの上
を滑るその手は、どんな風景を映しとってゆくの
だろうか?
数時間後に描きあがるであろう、風景画を想像
して、俺は頬を緩めた。
------彼女は、逃げなかった。
店で待つ俺を見つけた時も、強引に店から連れ
出した時も、彼女は戸惑った顔を見せただけで、
俺の手を解かなかった。
握りしめた柔らかな手の感触を思い出して、
目を閉じる。
会えてよかったと、思う心の裏側で拒絶される
ことに怯えている自分に、気付いていないわけで
はなかった。
ただ、会えればいいと、そう思っていただけの
気持ちは、たった数時間の間に、それ以上の想い
を抱え始めている。
「参ったな」
無意識に、口から零れ落ちた言葉が、誰もいな
い車内に消えた。