Diary ~あなたに会いたい~
--------光が溢れていた。



 空と海の闇にぽっかりと浮かぶ鉄の建造物
が、明るい白や黄色の光に包まれて、輝いて
いる。
 水面に映り込む光も、辺りを白く染める煙
も画の中に風が吹いているのではないかと思
えるほど臨場感があって、美しい。

 まるで、目の前の風景をそのまま切り取っ
たような描写に、こんな画がたった数時間で
描けるものなのか?疑いたくなる。

 「色鉛筆だけで…こんなすごい画が、しか
も数時間で描けるもんなんだな。やっぱり、
キミは天才だ」

 呆けたように、画を見つめながら感じたまま
を口にすると、ゆづるは嬉しそうに目を細めて
窓の外を眺めた。

 「光を、生き生きと描くためには“影”をどう
描くかにつきるの。すべてものに存在するのに、
時に、見えないこともあるその影を、どう生か
すかで光の輝き方も違ってくるわ。どちらも
あるから、いいのよ。ずっと、こういう風景
を描いてみたかったから……今日、ここに
来られて良かった」

 穏やかに、(いにしえ)の物語を語るように
そう言った彼女の横顔は、消えてしまいそうな
ほど澄んで、美しい。

 俺は胸の鼓動が次第に早まるのを感じながら、
じっと魅入っていた。

 「ありがとう」

 不意に、ゆづるがこちらを向いて、互いの視線
が絡む。柔らかに、弧を描いた眼差しが俺を捉え
た。鼓動が強く胸を叩く。

 「久しぶりに、いい画が描けた。これ、もらっ
てもいいよね?」

 小首を傾げて、ゆづるが俺の手にあるスケッチ
ブックを掴む。

 俺は手の中から失われそうなそれを、離さず
に、強く引いた。

 「……ちょ、っ!!」

 「好きだ」

 瞬間、彼女の瞳に映った自分は、もう、恋を
恐れた俺ではなかった。

 重ね合わせた唇は冷たく、押し付けただけで
ぞくりと背筋が震える。互いの手を離れたスケッ
チブックが、ばさりと足元に落ちた。

 自由になったその手で、ゆづるの背を抱き寄せ
る。彼女の手が俺の肩を微かに押した。

 ゆっくり唇を離すと、濡れた唇を互いの息が
くすぐった。

 間近で俺を見つめる眼差しは戸惑いに揺れ、
けれど、俺を拒んではいない。

 彼女の濡れた唇をそっと、指でなぞる。
 熱を吸った唇は、仄かに温かい。
 俺はもう一度、いま、見つけたばかりの想いを
口にした。

 「おまえが、好きだ」

 彼女の睫毛が震えた。
 そうして、赦すように瞼が閉じられる。

 俺はまだ濡れた唇を少し開かせると、深く、
深く、彼女に口付けを落とした。


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