Diary ~あなたに会いたい~
-----カラン。



 低いベルの音をさせて開いた扉に目を
向ける。見知らぬ女性が、僕ではない別の
待ち人に手を振る姿を見て、小さく肩を
落とした。

 「……遅いな」

 息をついて壁の時計に目をやれば、時刻は
7時を半分回っている。
 ずいぶん前に飲み干したティーカップの
底は、薄い褐色を残してすっかり乾いていた。

 弓月と付き合い始めてから、半年という
月日が経とうとしていた。
 あたたかな陽に溶けてしまいそうなほど、
幸せに満ちた日々が過ぎてゆく。
 けれど、今日を境にふたりの恋はそのカタチ
を変えようとしていた。



-----僕と弓月の恋は、永遠に終わらない。



 僕はポケットに忍ばせた小さな宝石箱を、
服の上からそっと握った。
 ひと月分の給料には、少し満たなかった。
 それでも、僕にとっては人生でいちばん
高価な贈り物だ。

 ただひたすら、それを彼女の薬指に嵌める
瞬間を思い描きながら鼓動を早くしていた
僕の心臓は、今は別の理由で、早鐘を打って
いる。

 こんなことは、今までなかった。
 いつだって決まった時間に店を閉め、いつも
と同じ時間に、弓月はこの店のドアを開ける。

 そうして笑うのだ。
 僕をみつけて。

 「何か、あったのかな」

 僕は携帯の液晶画面に映る二人の顔を見て、
何度目かのため息をついた。

 その時だった。



----カラン。



 控えめなベルの音がして、僕は反射的に
顔を上げた。扉の方を向けば、弓月がドア
ノブを握ったまま、こちらを見つめている。

 うっすらと笑みを浮かべるその顔は、少し
青ざめて見えた。

 「……弓月、っ!!」

 咄嗟に席を立とうとした僕の膝が、テーブ
ルに当たる。

 「あ、っ」

 弓月は心配そうに眉を寄せるとコツコツと
足音をさせて僕の隣に来た。

 「大丈夫?ごめんなさい、遅くなって」

 弓月が僕の顔を覗く。
 いや、と大きく顔の前で手を振りながら
僕は安堵したように笑った。
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