Diary ~あなたに会いたい~
 「はい」

 僕は小さく息を吸いこんで、弓月に手を
差し伸べた。

 「……ん」

 しっかりと、手を握り返す彼女の指の間から
トクリ、トクリと鼓動が伝わる。
 ほんのひとときでも、弓月を感じられる時間
が僕には愛おしかった。

 「すぐ、着いちゃうね」

 ゆっくりと歩道を歩きながら弓月が下を向く。
 僕は、うん、と一度頷いて弓月の顔を覗いた。

 「でも、また明日も会えるよ。僕が迎えに
行くから、店で待っていてくれる?体調が良け
れば、こうやって街を散歩しよう」

 弓月がパッと顔を上げた。
 繋いだ手を大きく振って笑いかけると、弓月
の目も嬉しそうに弧を描く。

 「うん」

 青ざめた顔に、少しだけ紅の色が浮かんだ
のを認めて、僕はまっすぐ前を向いた。



-----その時だった。



 不意に弓月がピタリと立ち止まった。
 繋いだ手が後ろに引かれ、僕も足を止める。

 「弓月?」

 怪訝な顔をして振り返えると、怯えるよう
に表情を止めた弓月が、前方の電柱辺りを
凝視していた。

 「どうか……したの?」

 彼女のただならぬ様子に、思わず言葉を詰まら
せながら、その視線の先を辿る。
 けれど僕が見た限り、街路樹の間に建つ電柱
の周辺は明るく、不審な人影はない。
 行き交う車のライトが、木々やその影を薄く
動かしてはいても、特に恐れるようなものは
何も見当たらなかった。

 「帰ろうよ?弓月」

 僕は首を傾げながら繋いでいた手を離すと、
弓月の背に腕を回し、肩を抱いた。
 つもりだった。
 瞬間、僕の腕はその肩に触れる前に弾かれ
てしまう。

 「弓月っ!?」

 突然、腕を振り払って駆け出した弓月の顔
は見えない。

 わけがわからず、一瞬、呆けてしまった僕は、
数秒ほど遅れて彼女の後を追った。

 入り口まであと2メートルもなかった花屋の
扉が、目の前でガシャンと閉まる。

 ドアノブに下げられていた“close”の札が
カタカタと音を鳴らして大きく揺れた。


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