Diary ~あなたに会いたい~
 そうして、小さく首を振ると目を細め、
僕に言った。

 「あの子に伝えておきます。また、会い
に来てやってください」

 ぺこりと頭を下げる父親に、僕もまた
無言のままで頭を下げる。
 いま、彼が言ったばかりの言葉が頭の中
をぐるぐると回って、何も口には出来なかった。
 僕はもう、振り返らずに店を後にすると、
深く秋色に染まる歩道を、足早に歩いていった。






 翌日。

 仕事を終え図書館を出た僕の足取りは、
今までになく重かった。



-----弓月は、幸せなんでしょうか?



 彼の言葉が、寝ても覚めても頭の中に繰り
返されて消えない。
 昨夜は結局、一睡もできないまま朝を迎え、
今日一日の業務はほとんど記憶になかった。



-----弓月は、幸せなんだろうか?



 僕は小さく口の中で呟きながら、コートの
ポケットに両手を入れた。


 “僕”は間違いなく幸せだ。
 幸せすぎて恐ろしくなるくらい、
 僕は幸せだと思っている。

 じゃあ、弓月はどうなんだろうか?
 彼女と付き合いだしてから半年。
 一日も欠かさずに顔を合わせ、言葉を交わ
しているのに、そういった事を話したことが
ない。幸せに決まっていると、愛されている
と、僕は思い込んでいたのだ。

 あえて訊くまでもないと思えるほどに、
弓月の瞳には僕が映っていたし、二人のすべ
ての事に、彼女は一喜一憂していた。

 けれど、だからこそ……そういう大切なこと
は、確かめなければいけなかったのだろうか?
 もしかしたら、わかったつもりでいるのが、
一番傲慢なのかも知れない。

 僕は大きく息をついて、立ち止まった。
 重い足を引きずりながら歩いた道筋はやはり
記憶になく、いつの間にか大通りの向こうに
花屋が見える。
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