Diary ~あなたに会いたい~
 信号機は“危険”を知らせる色が点滅し、
その色が今日はやけに色濃く光って見えた。



-----嫌な感じはしなかった。



 ともすれば、失礼とも言える弓月の父の
言葉には棘があるわけでなく、むしろ自問
しているような感じさえした。
 
 どうして………僕に。
 何を訊きたかったんだろう?本当は。

 僕は、あの言葉の裏にある父親の真意を
考えながら、夜の光に照らされた大通りを
渡った。





 店の前に立ってガラス越しに店内を覗く。
 と、カウンターにぽつりと佇む弓月の
姿があった。



-----会えた。



 僕はまず、そのことにホッとして頬を緩め
る。そうしてポケットから手を出すと、彼女
に向けて手を振った。
 けれど、弓月は魂が抜けたようにじっと
一点を見つめたまま動かなかった。

 すぐ側に立つ僕の存在に、まったく気付い
ていない様子だ。
 僕は表情を止めて唇を噛むと、ゆっくり店
の扉を開けた。



-----カラン。
 


 軽快な音とともに、弓月が弾かれたように
顔を上げる。

 「いらっしゃ……」

 ドアの前に立つ僕を見て、一瞬、戸惑った
ように表情を曇らせると、すぐにまたいつも
のように笑った。

 「やだ、お客さんかと思っちゃった……」

 「ごめん。さっきからそこで手を振って
たんだけど、気付かないみたいだから」

 僕は苦笑いをしながら肩を竦めると弓月
の前に立った。

 「うそ、ごめんなさい。私ったらぼーっ
として……」

 額に手をあてて、弓月がうな垂れる。
 僕はいや、と言って首を振ると、カウンター
越しに身を乗り出して弓月の頬に触れた。

 「まだ具合悪い?今日も顔色が良くないけど」

 ひんやりと冷たい手の平を押し付けられた
弓月が、身体を硬くしながら小さく頷く。

 手の平から伝わる体温はやや熱く、やはり
風邪を引いているようだった。

 「頭が痛くて、食欲もないの。ちょっと
フラフラするし……」

 「風邪、だろうね。辛いなら座っていた方
がいいよ。ほら」

 僕はカウンターの中側にある白木の丸椅子
を引き出して、弓月を座らせた。

 「ありがとう」

 言われるままに腰を下ろして、ほぅ、と
息をつく。僕は弓月の前にしゃがみ込むと、
手を握って顔を見上げた。

 
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