Diary ~あなたに会いたい~
 「ごめんなさい。これじゃ散歩にも行け
ないわね」

 申し訳なさそうに弓月が顔を歪める。
 僕は大きく首を横に振って、握る手に
力を込めた。

 「いいよ、僕は。弓月に会えればどこだっ
て構わないんだ。それに、今日は風が冷たい
し。ここの方がゆっくりコーヒーも飲めるよ」

 「コーヒー?」

 「そう」

 左のポケットから小さな缶コーヒーを取り
出して、プルトップを開ける。

 そうして弓月に握らせた。
 香ばしい香りがふわと花の匂いを削る。

 「図書館の入り口で買ってきたんだ。ポケッ
トに入れて温めてたから、まだ、そんなに冷め
てないと思う」

 にこり、と笑って見せるとつられたように
弓月も笑った。

 「ほんとだ。温かい」

 缶コーヒーを両手で包み、ゆっくり口をつけ
る。ひとくち、ふたくち、コーヒーを喉に流し
込む度に、弓月の白い喉が小さく動いた。
 僕はその様子をじっと眺めながら、昨夜のこと
をどう切り出そうか思い悩んでいた。

 「……美味しい?」

 「うん。美味しい」

 「良かった」

 ふふ、と微笑する弓月に頷く。
 そして冷めないうちに、と弓月が僕の手に
コーヒーを戻した。

 「…………」

 まだ温かいそれと弓月の手を握ったまま、
僕は不意に表情を止め、口を噤む。

 握りしめた缶の熱が、ゆるやかに手の平を
温めてゆく。弓月が不思議そうに眉を顰めた。

 「どうか、した?」

 なおも、黙ったままの僕の顔を覗く。
 僕はごくりと唾を呑んで唇を舐めると、
躊躇いがちに弓月の顔を見た。

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