Diary ~あなたに会いたい~
 けれど、僕とのことを父親に知られただけ
で、こんなに動揺しているのだとしたら……
 それはそれで複雑だ。

 「……ごめん、なさい」

 震える声で言って、弓月が首を縦に振る。
 僕は落胆を悟られないよう気を付けながら、
上手く笑っていた。

 「そっか。それは、不味かったかな」

 「ううん。和臣さんは何も悪くないの。
ただ父は………とても厳しい人だから、ずっと
言い出せなくて。だから、私から話す前に
会ってしまったのが、ちょっと心配なだけ、
で……」

 ちら、と僕から視線を外して俯く弓月の
口調はたどたどしく、どことなく嘘の匂いを
感じる。
 ずくり、と胸の奥に嫌な圧力を感じながら、
僕は昨夜の父の言葉を思い出した。



 『そうですか。あなたが』



 あの時、確かに、彼はそう言った。
 僕の存在を知っていなければ、出てこない
言葉だろう。それに、“厳しい”という弓月の
言葉にも違和感がある。

 たった1度会っただけで相手の本質がわかる
わけではないが、弓月の父親は物腰が柔らかく、
とても穏やかな印象だった。

 “厳しい”というイメージからはかけ離れて
いる。やはり、父親に“会われては困る理由”
が何かあるのかも知れない。

 けれど僕の中でその答えに思い至っても、
僕はそれ以上、弓月に何も訊かなかった。

 知らない方が、いいことだってある。
 その人が隠していたいと思うことを無理
に知ることで、“すべて”が変わってしまう
ことだってあるのだ。

 「そういう事なら、うっかりお父さんに
会わないように、これからは気を付けるよ。
間違って僕たちの交際を反対されるような
ことになっても大変だし。慎重にいこう」

 僕は自分に言い聞かせるように「うん」
と、小さく頷いて立ち上がった。

 それでも弓月は不安そうに顔を歪め、
僕を見上げている。僕は、はにかんで、
すぐ側にある弓月の頭にポンと手の平を
置いた。

 「わかったから。大丈夫」

 ようやく、彼女が頬を緩めた。
 そうして、ありがとう、と小さな声で呟く。
 握りしめていたコーヒーに視線を落とし、
口に運んだ。
 すっかり温くなったそれを弓月が飲み干し、
微笑する。ふわ、とその場の空気が軽くなる
のを感じながら、僕は恋人が初めてついた
“嘘”を心の奥に閉じ込めて笑っていた。

< 71 / 140 >

この作品をシェア

pagetop