Diary ~あなたに会いたい~
 「大丈夫よ。病院には行ってるの。先生も
心配ないって。薬だって、飲んでるし」

 「それって、どこの病院?次は僕も付き
添うよ」

 そう言った瞬間、「しまった」というよう
な顔をして弓月が大きく首を振った。

 「いいの!ひとりで大丈夫だから。すぐ
近くだし、いつも行ってるところだし……
心配しないで。本当に平気だから」

 顔を強張らせながら僕の申し出を跳ね
のけた弓月の様子は、明らかに今までと
違っていて……
 平気だ、大丈夫だと、繰り返されるほど
不安が募ってしまう。



-----何かを隠している。



 父親の一件から生まれた“猜疑心”は、もはや
自分で掻き消すことができないほど、心に大き
な影を作っていた。





 「ほんとうの事を言えない時ってさ、よっ
ぽど悪いことを隠している時だと思うんだ。
だから嘘をついてるんじゃないか、って思って
いても怖くて訊けない。僕が、臆病すぎるの
かも知れないけど……」

 のんびり、ゆっくり。

 田辺さんの隣を歩きながら、いつの間にか
僕は下を向いていた。
 ふふ、と田辺さんが笑った。
 顔を上げて隣を見れば、飲みかけのホット
レモンの口に息を吹きかけて彼女が横目で
僕を捉えている。
 薄く白い湯気が瞬時に散って、甘酸っぱい
香りだけが微かに僕に届いた。

 「なるほど。で、昼休みに『白血病を治す』
なんて本を読んでたわけね。遠野くんが病気
なのかと思って、心配しちゃった」



-----見られていたのか。



 僕は照れくささから、がりがりと頭を掻いた。
 今日の昼は、読み聞かせコーナーが長引いて、
田辺さんの休憩がいつもより遅かった。
 だから僕は、気になる本を手に取って休憩室
で読んでいたのだ。

 倦怠感。頭痛。食欲不振。

 弓月の症状を頭の中に並べて浮かんだ病名が
それだった。

 「確かに、本当のこと知るのって怖いよね。
でも、私だったら訊いちゃうかな。だって、
何も知らないまま解決できることって、案外
少ないから。結局、辛くても本当のこと知って
良かった、って、後になって思うもん」

 僕は暗いアスファルトを眺めたまま、そうか
な、と、呟いた。
 田辺さんが小首を傾げる。

 「そう思うよ」

 僕の背中を押すように、にっこりと笑った。
 そうして、着いちゃったね、と前方に視線
を送る。

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