Diary ~あなたに会いたい~
「出よう」
「ちょっ……なに言ってるの?まだひと口
も飲んでないじゃない!!」
俺に出されたばかりのそれに目をやって、
彼女が非難の声を上げる。
近くに座っていた客の数人が怪訝な顔をして
こちらを向いたが、俺は財布から札を1枚
抜き取るとマスターへ差し出した。
「申し訳ないけど……これは俺からマスター
へのご馳走ってことでいいかな。次は必ず、
美味しくいただくよ」
ふむ、と鼻を鳴らしてマスターが目を細めた。
そして、俺の手からすっと札を受け取る。
白髪交じりの口髭をやんわりと曲げて交互に
ふたりの顔を見ると、控えめの声で言った。
「そういうことなら。これはありがたく、僕
がいただくとするよ。昼と夜じゃ睡眠の質が違う
からね。ゆづるちゃんも、もっと身体を大事に
したほうがいい」
職業柄、昼夜逆転の生活をしてきたマスター
にそう諭されれば、返す言葉もない。
彼女はため息をついて渋々と席を立つと、俺を
見上げた。
「わかったわ。で、ここ出てどこへ行くの?」
「それは……店を出てから決めようか」
「まさか。また車停めてるわけじゃないん
でしょう?」
「はは。それはないな」
彼女のコートを手に取って羽織らせながら、
俺は白い歯を覗かせた。
店を出て向かう場所は、俺の中でとうに
決まっていた。
「……眠れないのか?」
腕の中から彼女の体温が抜け出す気配を感じ
て、閉じていた瞼を開ける。
ぼやけた視界に真っ黒な人影が映り込んで振り
返ると、小首を傾げた。
「月がね、とてもキレイだから」
「……ツキ?」
小さく頷いて彼女が部屋の窓を向く。
そうして、ギシ、とベッドを鳴らして立ち上が
ると、カーテンの隙間から伸びる細い光を頼り
に、窓へと向かった。
シャッ、と軽やかな音と共にカーテンを開け
る。澄んだ窓の向こうには、銀色の半月が寝静
まった街の上に浮かんでいる。
眩いほどに白い光を放つそれは、東の空へ弓を
弾くように下を向いていて、美しい。
「月がキレイ」だと、彼女が口にした瞬間は、
かの文豪が生んだ愛の言葉かと思いどきりとした
が……どうやら、その言葉の意味を彼女は知ら
ないようだった。
俺はベッドを下りてゆづるの背後に立つと、
両腕で細い肩を抱いた。
「ちょっ……なに言ってるの?まだひと口
も飲んでないじゃない!!」
俺に出されたばかりのそれに目をやって、
彼女が非難の声を上げる。
近くに座っていた客の数人が怪訝な顔をして
こちらを向いたが、俺は財布から札を1枚
抜き取るとマスターへ差し出した。
「申し訳ないけど……これは俺からマスター
へのご馳走ってことでいいかな。次は必ず、
美味しくいただくよ」
ふむ、と鼻を鳴らしてマスターが目を細めた。
そして、俺の手からすっと札を受け取る。
白髪交じりの口髭をやんわりと曲げて交互に
ふたりの顔を見ると、控えめの声で言った。
「そういうことなら。これはありがたく、僕
がいただくとするよ。昼と夜じゃ睡眠の質が違う
からね。ゆづるちゃんも、もっと身体を大事に
したほうがいい」
職業柄、昼夜逆転の生活をしてきたマスター
にそう諭されれば、返す言葉もない。
彼女はため息をついて渋々と席を立つと、俺を
見上げた。
「わかったわ。で、ここ出てどこへ行くの?」
「それは……店を出てから決めようか」
「まさか。また車停めてるわけじゃないん
でしょう?」
「はは。それはないな」
彼女のコートを手に取って羽織らせながら、
俺は白い歯を覗かせた。
店を出て向かう場所は、俺の中でとうに
決まっていた。
「……眠れないのか?」
腕の中から彼女の体温が抜け出す気配を感じ
て、閉じていた瞼を開ける。
ぼやけた視界に真っ黒な人影が映り込んで振り
返ると、小首を傾げた。
「月がね、とてもキレイだから」
「……ツキ?」
小さく頷いて彼女が部屋の窓を向く。
そうして、ギシ、とベッドを鳴らして立ち上が
ると、カーテンの隙間から伸びる細い光を頼り
に、窓へと向かった。
シャッ、と軽やかな音と共にカーテンを開け
る。澄んだ窓の向こうには、銀色の半月が寝静
まった街の上に浮かんでいる。
眩いほどに白い光を放つそれは、東の空へ弓を
弾くように下を向いていて、美しい。
「月がキレイ」だと、彼女が口にした瞬間は、
かの文豪が生んだ愛の言葉かと思いどきりとした
が……どうやら、その言葉の意味を彼女は知ら
ないようだった。
俺はベッドを下りてゆづるの背後に立つと、
両腕で細い肩を抱いた。