Diary ~あなたに会いたい~
 「半月か。確かにキレイだけど、少しは眠った
方がいいんじゃないか?ベッドに入ってから今ま
で、ずっと寝てなかっただろう?」

 彼女を休ませようと……
 自分の部屋へ連れ帰った俺は、ベッドに入って
もなお「眠くない」と拗ねるゆづるの肩を、そこ
から逃げないように抱いていた。

 まるで目を閉じることを恐れるように、じっと
天井を睨む横顔は、小さな少女のようにも見え
て、また、愛おしい。

 わが子を寝かしつける父親とは、こんな満た
された気持ちなのだろうか?
 そんなことを考えながら彼女の顔を眺めていた
俺は、仕事の疲れも手伝って、つい重い瞼を閉じ
てしまった、矢先だった。

 「眠くないのに、寝られるワケないでしょう。
無駄な時間をベッドで過ごすよりも、画を描いて
いる方が私はずっといいの。あの月が消えてしま
う前に、早く描きたいのよ」

 窓の向こうに光る月を撫でるように、彼女が
ガラス窓に触れる。
 冷えたガラスに映るその眼差しは、月の彩を
吸ったように澄んでいて、美しい。
 寝間着代わりにと、彼女に着せた薄いシャツ
からは、背や腕の体温が直に伝わってくる。

 一瞬、ぞくりと雄の衝動が背筋を撫でて、
鼓動が大きく跳ねたが、それはほんの一瞬の
ことだった。

 俺はごくりと唾を呑むと、細く息を吐いた。
 ゆづるの髪に頬を寄せる。
 白く華奢な指先にぽっこりと膨らんだ
「ペンだこ」をなぞり、そっと手を重ねた。

 月が逃げてしまうと、彼女が言うなら……
 止めることはできない。

 眠れない時間を無駄に過ごす虚しさを、
俺は、誰よりも知っているのだ。

 「……弓月……」

 ぴくりと彼女の肩が震えた。
 食い入るように、窓に映る俺を見つめる。
 重ね合わせた手に、その向こうの月に目を向け
たまま、俺はゆっくりと言葉を繋いだ。

 「弓月とも、弓張り月とも呼ぶらしいよ、
半月は。月の形を弓に見立ててそう呼ぶんだろう
けど、キレイだな。東の空に弓を引いてるみたいだ」

 「……よく、知ってるのね。そんなこと」

 彼女が目を細めた。
 ふっ、と肩の力を抜いて微笑む。
 俺は小さく頷くと、直接、ゆづるを覗き込んだ。
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