Diary ~あなたに会いたい~
 俺は、ちら、とデスクのデジタル時計に目を
やって肩を竦めると「了解」と頷いた。







 すぅ、と窓から漏れる冷気が首筋を撫でて、
肩を震わせる。
 さらさらと、紙の上を滑る芯の音にガラス窓
を揺らす風の音が重なり、重い眠気を誘っても、
冷えた空気がそれを退けてしまう。
 姿勢をそのままに、横目でデジタル時計の
時刻を見れば3時16分。

 東の空に低く浮いていた月は、弧を掻きながら
少しずつ高さを増して、いっそう輝いていた。

 浅くベッドに腰掛け、組んだ脚にスケッチ
ブックをのせて画を描き始めた彼女の眼差しは、
今までになく真剣で声をかけづらい。

 俺はすっかり硬くなってしまった背中を解す
ように首を前後に動かすと、ぐるりと回して
大きく息を吐いた。

 「疲れた?」

 とん、と窓枠に肘を置いて頬杖をつき、元の姿勢
を整えた俺に、ゆづるが目を向ける。

 疲れていない、と言えば嘘になるが夜明けまで、
そう時間もない。
 俺に気を遣って筆を止めさせるのも気が引けた
ので、いや、と努めて明るく言った。

 「疲れてはいない、けど」

 「けど?」

 「……せっかく、一緒にいるんだから声くらい
聞きたいな、と思って」

 「それは私に何か喋れ、ってこと?」

 「まあ。そういうこと、かな」

 顔色を覗き見ながら途切れ途切れに答える。
 と、彼女は少し眉を寄せて手にしていた色鉛筆
を置いた。そうして、また次の色を手に取って
俺に視線を向ける。

 向けられた眼差しは意外なほど深く、優しい
ものだった。

 「月が輝く理由を、知ってる?」

 「ツキ?……いや、知らないな」

 唐突に、そんな質問を投げかけてくすりと目を
細めたゆづるは、再び視線をスケッチブックへ
と戻し、手を動かし始めた。

 俺は首を傾げたままで、じっと次の言葉を
待っていた。

 さらさら、と紙の上を滑し出した色鉛筆は
短く、彼女の手の中にすっぽりと納まって
見えない。
 
 どんな色を選び、何を描いているのか……
 彼女の慈しむような穏やかな表情からは、
想像もつかなかった。

 「暗い夜空に月が輝いて見えるのは、太陽の
光を反射しているからなの。地球と同じように、
月に光を放つエネルギーはないわ。それでも、
夜は地球の裏側に隠れて見えないはずの太陽の
光を借りて、月は輝いている。この天体が『月』
と呼ばれるようになったのも、一番明るい太陽
の『つぎ』に生まれた星だから「つき」と呼ば
れるようになったらしいわ。月は、生まれた時
からずっと太陽に照らされていて、太陽がなけ
れば輝けない。月が、キレイでも儚く見えて
しまうのは、そのせいかもしれないわね」

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