Diary ~あなたに会いたい~
傷付いたなどと……
口になどしなくとも、どうしたって想いは
零れて伝わってしまうものなのだろう。
「ごめんなさい。こんな話、つまらないわね」
すっ、と、また目をスケッチブックへと落と
して手を動かし始めた彼女に、俺は「別に」
と首を振った。
「月に似ている、っていうのは悪い意味じゃ
ないだろう?美しいものの喩に、その彼は君と
眺めていた月をあてはめただけで……。可笑し
くもないさ。俺も……『ゆづる』は、月に似て
いると思うから」
そう言い終えた途端、彼女はぴたりと手を止め、
目を見開いた。
初めて“名”を呼ばれたことに気付いたのだろう。
薄く唇をあけたまま、ゆっくりと俺の目を覗き
込んだ瞳は、微かに揺れている。
俺は呼吸を楽にするように息を吐くと、もう
一度彼女の名を呼んだ。
「ゆづる。そっちへ行っていい?」
ぴくりと彼女の肩が震えた。
返事はない。
俺は、キィと音をさせて立ち上がると、彼女の
前に行って膝をついた。
「そんなに似ているのか?俺は。その人に」
低い声で言って、短い色鉛筆を握りしめたまま
の、彼女の手を握った。
膝の上に置かれた画をちらりと見れば、すでに、
月明かりを背に浴びた“俺”が、愛おしそうな眼差
しを描き手に向けている。
愛している、愛していると、
聞こえてきそうな画だった。
けれど果たして、その画の中にいるのは
“俺”なのだろうか?
そんなことを思って、またずきりと胸が痛み
を訴えた時だった。
ゆづるが口を開いた。
「似ていたり、似ていなかったり。私にも、
よくわからないわ。でも、この画はあなたよ」
俺の胸の内を察したのか、彼女が微笑する。
つう、と細い指先で画の中の俺に触れると、
その指で確かめるように俺の頬に触れた。
俺は「そう」と目を細めて頷いた。
この画がほんとうに“俺”だと言うのなら……
もう、言葉にしなくても伝わっているだろう。
愛していることなど、とっくに伝わっている。
-----だから。
俺はその想いを口にする代わりに、やさしい
嘘をついた。
「前にも言ったけど、俺は、その人の代わりに
なれるなら、それで構わないと思ってるんだ。
だから、俺といて思い出すたびに、そんな風に
謝らなくていい。こうやって、ゆづるといられる
だけで俺は満足してる。だから……」
俺はそこで言葉を呑むと、腕を伸ばして彼女に
触れた。互いの指が、互いを確かめるように頬を
なぞる。触れた指先から熱が伝われば、なぜか、
締め付けられるように胸が痛んだ。
本当は、彼女のすべてが欲しかった。
けれど、それを口にすることはできない。
いま、彼女の瞳に映る自分の“半分”は別の男
かも知れないのだ。
忘れられないその男への恋情を、
俺に重ねているだけで……
それが、俺といる理由かも知れない。
だからいまは、“心”までは望めなかった。
口になどしなくとも、どうしたって想いは
零れて伝わってしまうものなのだろう。
「ごめんなさい。こんな話、つまらないわね」
すっ、と、また目をスケッチブックへと落と
して手を動かし始めた彼女に、俺は「別に」
と首を振った。
「月に似ている、っていうのは悪い意味じゃ
ないだろう?美しいものの喩に、その彼は君と
眺めていた月をあてはめただけで……。可笑し
くもないさ。俺も……『ゆづる』は、月に似て
いると思うから」
そう言い終えた途端、彼女はぴたりと手を止め、
目を見開いた。
初めて“名”を呼ばれたことに気付いたのだろう。
薄く唇をあけたまま、ゆっくりと俺の目を覗き
込んだ瞳は、微かに揺れている。
俺は呼吸を楽にするように息を吐くと、もう
一度彼女の名を呼んだ。
「ゆづる。そっちへ行っていい?」
ぴくりと彼女の肩が震えた。
返事はない。
俺は、キィと音をさせて立ち上がると、彼女の
前に行って膝をついた。
「そんなに似ているのか?俺は。その人に」
低い声で言って、短い色鉛筆を握りしめたまま
の、彼女の手を握った。
膝の上に置かれた画をちらりと見れば、すでに、
月明かりを背に浴びた“俺”が、愛おしそうな眼差
しを描き手に向けている。
愛している、愛していると、
聞こえてきそうな画だった。
けれど果たして、その画の中にいるのは
“俺”なのだろうか?
そんなことを思って、またずきりと胸が痛み
を訴えた時だった。
ゆづるが口を開いた。
「似ていたり、似ていなかったり。私にも、
よくわからないわ。でも、この画はあなたよ」
俺の胸の内を察したのか、彼女が微笑する。
つう、と細い指先で画の中の俺に触れると、
その指で確かめるように俺の頬に触れた。
俺は「そう」と目を細めて頷いた。
この画がほんとうに“俺”だと言うのなら……
もう、言葉にしなくても伝わっているだろう。
愛していることなど、とっくに伝わっている。
-----だから。
俺はその想いを口にする代わりに、やさしい
嘘をついた。
「前にも言ったけど、俺は、その人の代わりに
なれるなら、それで構わないと思ってるんだ。
だから、俺といて思い出すたびに、そんな風に
謝らなくていい。こうやって、ゆづるといられる
だけで俺は満足してる。だから……」
俺はそこで言葉を呑むと、腕を伸ばして彼女に
触れた。互いの指が、互いを確かめるように頬を
なぞる。触れた指先から熱が伝われば、なぜか、
締め付けられるように胸が痛んだ。
本当は、彼女のすべてが欲しかった。
けれど、それを口にすることはできない。
いま、彼女の瞳に映る自分の“半分”は別の男
かも知れないのだ。
忘れられないその男への恋情を、
俺に重ねているだけで……
それが、俺といる理由かも知れない。
だからいまは、“心”までは望めなかった。