Diary ~あなたに会いたい~
 頬に触れていた指で、ゆづるの唇に触れる。
 ふっくらとしたそれは、俺を拒まなかった。
 静かに目を閉じて、彼女が息を止めた。
 引き寄せられるように、やさしく唇を重ねれ
ば、それだけでふわりと甘く、唇が濡れる。
 
 じん、と胸の奥が震えて唇を離せなかった。
 俺は何度も、軽く重ね合わせるだけの口付け
を繰り返した。

 ふ、と漏れたゆづるの息が、濡れた唇をくす
ぐった。息苦しさで開きかけた唇を割って、舌
を差し込んでも彼女は拒まない。
 応えるように、柔らかなそれが絡みついた
瞬間、身体の芯が熱く震えた。
 俺は深く唇を重ねたまま、ベッドに手をついて
彼女を押し倒した。

 ふたりの体が羽毛布団の中に沈んだ。



-----その時だった。



 カラン、コロコロと乾いた音を立ててベッド
から数本の色鉛筆が落ちた。
 はっ、とキスを止めて彼女が目を見開く。

 唇を離して見下ろした彼女の瞳はもう、夢
から覚めてしまったお姫様のそれだった。
 俺は、苦笑いをしながら身体の熱を鎮める
しかなかった。

 「ごめん。画を……描くんだよな」

 コツリと額を合わせて、浅くため息をつく。
 彼女は、そうね、と笑って俺の頬に触れた。

 「早くしないと、月が逃げちゃう」

 低く穏やかな声で、子供を宥めるように言う。

 俺は仕方なく、身体をどけてベッドから起き
上がった。その足に、ついさっき、ベッドから
落ちた色鉛筆があたる。
 俺は手に取ってそれを眺めた。

 「ずいぶん短いな」

 親指と人差し指の間に挟んで月明かりにかざせ
ば、黄色い色鉛筆の端に「503」と3ケタの数字
が印字してある。
 おそらく、品番だ。

 「よく使うから。その色は特にね」

 身体を起こして髪を掻き上げると、微笑んで
他の色を拾った。けれど、その手の中にあるどの
色鉛筆も、短かかった。
 カッターでキレイに削られた芯は長く、持ち手
となる木の部分は5、6センチしかない。
 俺は手に持っていた色鉛筆を彼女に渡して椅子
に戻ると、先ほどのポーズをとって言った。

 
< 86 / 140 >

この作品をシェア

pagetop