Diary ~あなたに会いたい~
第七章:真実の輪郭
-----休日の昼下がり。
僕はいつもより少し賑やかな商店街を、
ひとり足早に歩いていた。途中、楽し気な
子供たちの声や、軽やかな店のBGMが
耳の横を通り過ぎたが、僕の胸はずっしり
と重かった。
頭の中は弓月のことでいっぱいで、鼓動
ばかりが早い。
息をするのも苦しかった。
温かな日差しが周囲を包んでいるのに、僕の
周りだけ、寒く、白い世界に覆われている気分
だった。
-----あの夜。
田辺さんを見送った夜から、
僕は弓月に会えていなかった。
すっかりぬるくなったコーヒーを手に、花屋
の前に立ったのは7時を半分過ぎた頃で。
店の灯りはとうに失われていた。
だから仕方なく、僕は来た道を引き返して、
翌日、また、店を訪れることにしたのだった。
ところが、次の日も、また次の日も、仕事を
終え、店に駆け付けた僕が目にしたのは、
すでに、灯りを失った花屋だった。
“close”の札が下がるドアノブに手を掛けても、
鍵がかけられているようで動かない。
見覚えのある小花型のライトが、暗い店内を
ぼんやりと灯していても、あの日のように、
そのドアの前で声を上げることもできなかった。
-----弓月に何かが起きている。
そんな直感が脳裏を駆け巡って、僕は咄嗟に
ポケットから携帯を取り出した。
そうして、電話をかけた。
けれど、すぐにその行動に意味がないことを
悟る。弓月は携帯を持っていないのだ。念の為に
と、登録しておいた花屋の番号にかけてみても、
真っ暗な店の中で電話の呼び鈴が鳴るだけだった。
僕はドア越しに数回、その音を聞いて電話を
切った。
こんな風に、連絡さえ取れない日が来ること
など、僕は想像もしていなかった。
ほんの数週間前までは、“会いたい”という
互いの気持ちさえあれば、携帯すらも要らな
かったのだ。
僕は黒い液晶画面に映る自分の顔を見て、
ため息をついた。
弓月は僕の番号を知っていたが、こうなった
今、彼女の方から連絡がくるとも思えない。
あとはもう、あの父親から“真実”を聞き出す
しかなかった。
休日の昼間なら、きっと店を開けているだろ
う。たとえ弓月には会えなくても、父親から
何か話を聞けるかも知れない。
僕は逸る気持ちを抑えて、警報音が鳴る踏切
の前で止まった。
----何も知らないまま解決できることって、
案外、少ないから。
あの夜の、田辺さんの言葉が耳に蘇る。
僕も、今ならそう思える。
何も知らなければ、変わらずにいられるとは
限らない。真実を知って、それを受け止めること
で、守れる幸せもあるのだろう。
ごぅ、と、強い風と共に目の前を電車が通り
過ぎ、まもなく遮断機が上がった。
つかの間の静けさを取り戻した踏切を、急ぎ足
で人々が歩いてゆく。
僕は何かに背中を押されるように、その人波の
中を走り始めた。
僕はいつもより少し賑やかな商店街を、
ひとり足早に歩いていた。途中、楽し気な
子供たちの声や、軽やかな店のBGMが
耳の横を通り過ぎたが、僕の胸はずっしり
と重かった。
頭の中は弓月のことでいっぱいで、鼓動
ばかりが早い。
息をするのも苦しかった。
温かな日差しが周囲を包んでいるのに、僕の
周りだけ、寒く、白い世界に覆われている気分
だった。
-----あの夜。
田辺さんを見送った夜から、
僕は弓月に会えていなかった。
すっかりぬるくなったコーヒーを手に、花屋
の前に立ったのは7時を半分過ぎた頃で。
店の灯りはとうに失われていた。
だから仕方なく、僕は来た道を引き返して、
翌日、また、店を訪れることにしたのだった。
ところが、次の日も、また次の日も、仕事を
終え、店に駆け付けた僕が目にしたのは、
すでに、灯りを失った花屋だった。
“close”の札が下がるドアノブに手を掛けても、
鍵がかけられているようで動かない。
見覚えのある小花型のライトが、暗い店内を
ぼんやりと灯していても、あの日のように、
そのドアの前で声を上げることもできなかった。
-----弓月に何かが起きている。
そんな直感が脳裏を駆け巡って、僕は咄嗟に
ポケットから携帯を取り出した。
そうして、電話をかけた。
けれど、すぐにその行動に意味がないことを
悟る。弓月は携帯を持っていないのだ。念の為に
と、登録しておいた花屋の番号にかけてみても、
真っ暗な店の中で電話の呼び鈴が鳴るだけだった。
僕はドア越しに数回、その音を聞いて電話を
切った。
こんな風に、連絡さえ取れない日が来ること
など、僕は想像もしていなかった。
ほんの数週間前までは、“会いたい”という
互いの気持ちさえあれば、携帯すらも要らな
かったのだ。
僕は黒い液晶画面に映る自分の顔を見て、
ため息をついた。
弓月は僕の番号を知っていたが、こうなった
今、彼女の方から連絡がくるとも思えない。
あとはもう、あの父親から“真実”を聞き出す
しかなかった。
休日の昼間なら、きっと店を開けているだろ
う。たとえ弓月には会えなくても、父親から
何か話を聞けるかも知れない。
僕は逸る気持ちを抑えて、警報音が鳴る踏切
の前で止まった。
----何も知らないまま解決できることって、
案外、少ないから。
あの夜の、田辺さんの言葉が耳に蘇る。
僕も、今ならそう思える。
何も知らなければ、変わらずにいられるとは
限らない。真実を知って、それを受け止めること
で、守れる幸せもあるのだろう。
ごぅ、と、強い風と共に目の前を電車が通り
過ぎ、まもなく遮断機が上がった。
つかの間の静けさを取り戻した踏切を、急ぎ足
で人々が歩いてゆく。
僕は何かに背中を押されるように、その人波の
中を走り始めた。