Diary ~あなたに会いたい~
大通りの信号を渡って、花屋の前に立つ。
と、すぐにカウンターにいた男性がこちらを
向いた。
弓月の父親だ。
彼女と同じ黒いエプロンを身に付けて、ドアの
外に立つ僕をじっと見つめている。
僕はガラス越しに一度頭を下げると、呼吸を
整え、店に入った。
「昼間なら、いらっしゃると思って。昨夜も、
その前の晩も、店が閉まっていたものですから」
唐突に、そう切り出した僕に父親が頷く。
弓月には会えないことを承知で、僕がここに
来た理由を悟ったのだろう。
少し苦し気に目を細めて俯くと、カウンターの
前に立つ僕の顔を見た。
「すみませんでした。あなたが来るとわかって
いながら、店を閉めてしまって。あの子に、連絡
させればよかったんですけど、その、眠ってし
まったので……」
そこで言葉を詰まらせてしまった父親の様子
に、胸がざわつく。僕に連絡もできずに眠って
しまうほど、弓月は具合が悪いのだ。
風邪なんかじゃない。
僕は悪い予感がどんどん現実になるのを感じ
ながら、それでも、思い切って聞いた。
「あの、弓月さんは……どこか悪いんでしょう
か?本人は大丈夫だからと言って何も話してくれ
ないんですけど、僕は本当のことを知りたいんで
す。ただの風邪じゃないなら、教えてください。
前に、黒い影が見えるって怯えたこともありま
した。もし、何か病気があって強い薬を飲んでる
なら、その副作用かも知れないと思ったんです。
知っていれば、弓月さんのためにできることも
あると思うんです。どんなことでも、僕は受け
止めます。だから、お願いです。本当のことを、
教えてください」
そこまでいっきに言葉を吐き出して、僕は父親
の目を覗き込んだ。
けれど、その目は複雑に歪んで、逸らされて
しまう。そうして聞こえてきたのは、
「そうですか。人影が……」
という、呻くような擦れた声だった。
僕はごくりと唾を呑んで、父親の言葉を待った。
得体の知れない“闇”が、明るいはずの店内を
どんよりと包んでいるようで、空気が重い。
それでも、永遠にこの闇が続くのではないか
と思った時、父親がすっと顔を上げた。
その目はしっかりと僕を捉えていた。
「遠野さん。あなたのおっしゃる通り、弓月の
ことでお伝えしなければならないことがあるん
です。本当は、もっと早くに、お話しするべき
だったんですけど……。どうぞ、奧へあがって
ください。ここでは何ですから」
そう言って、カウンターを出ようとする父親
を、僕は「あの」と呼び止めた。
と、すぐにカウンターにいた男性がこちらを
向いた。
弓月の父親だ。
彼女と同じ黒いエプロンを身に付けて、ドアの
外に立つ僕をじっと見つめている。
僕はガラス越しに一度頭を下げると、呼吸を
整え、店に入った。
「昼間なら、いらっしゃると思って。昨夜も、
その前の晩も、店が閉まっていたものですから」
唐突に、そう切り出した僕に父親が頷く。
弓月には会えないことを承知で、僕がここに
来た理由を悟ったのだろう。
少し苦し気に目を細めて俯くと、カウンターの
前に立つ僕の顔を見た。
「すみませんでした。あなたが来るとわかって
いながら、店を閉めてしまって。あの子に、連絡
させればよかったんですけど、その、眠ってし
まったので……」
そこで言葉を詰まらせてしまった父親の様子
に、胸がざわつく。僕に連絡もできずに眠って
しまうほど、弓月は具合が悪いのだ。
風邪なんかじゃない。
僕は悪い予感がどんどん現実になるのを感じ
ながら、それでも、思い切って聞いた。
「あの、弓月さんは……どこか悪いんでしょう
か?本人は大丈夫だからと言って何も話してくれ
ないんですけど、僕は本当のことを知りたいんで
す。ただの風邪じゃないなら、教えてください。
前に、黒い影が見えるって怯えたこともありま
した。もし、何か病気があって強い薬を飲んでる
なら、その副作用かも知れないと思ったんです。
知っていれば、弓月さんのためにできることも
あると思うんです。どんなことでも、僕は受け
止めます。だから、お願いです。本当のことを、
教えてください」
そこまでいっきに言葉を吐き出して、僕は父親
の目を覗き込んだ。
けれど、その目は複雑に歪んで、逸らされて
しまう。そうして聞こえてきたのは、
「そうですか。人影が……」
という、呻くような擦れた声だった。
僕はごくりと唾を呑んで、父親の言葉を待った。
得体の知れない“闇”が、明るいはずの店内を
どんよりと包んでいるようで、空気が重い。
それでも、永遠にこの闇が続くのではないか
と思った時、父親がすっと顔を上げた。
その目はしっかりと僕を捉えていた。
「遠野さん。あなたのおっしゃる通り、弓月の
ことでお伝えしなければならないことがあるん
です。本当は、もっと早くに、お話しするべき
だったんですけど……。どうぞ、奧へあがって
ください。ここでは何ですから」
そう言って、カウンターを出ようとする父親
を、僕は「あの」と呼び止めた。