社長宅の住み込みお掃除係に任命されました②
会社に着いた私たちは、それぞれの仕事を始める。

今まで、社長が出勤前にやっていた掃除を、社長が資料を散らかすのを横目で見ながら、行う。

社長がいない方が、掃除ははかどるんだけど。

そうして、掃除を終えた私が、総務に戻って他の仕事をしていると、社長から内線が入った。

『手が空いたら、来てくれ』

なんだろう?

私は、すぐに社長室に向かう。

「失礼します。
 社長、何かございましたでしょうか?」

私が一礼して部屋に入ると、社長は引き出しから封筒を取り出した。

「3月分の給料、残り29万入ってる。やっぱり、多少の手持ちがないと不安だろ」

「そんなに!? いいんですか?」

確かに、どこでどんな出費があるか分かんない。

「八代がたかが30万を持ち逃げするとは思わないからな」

社長はそう言って、くくっと笑う。

「お心遣い、ありがとうございます」

私は、丁寧にお辞儀をして、両手でその封筒を受け取った。

すると、社長が机の上を人差し指でコンコンと鳴らした。

「それから、ここに八代のサインがいるから、書いてくれ」

そう言って、社長はさっき鳴らした人差し指で書類を指し示し、その上に愛用の万年筆を置いた。

「これは?」

私は、その書類を覗き込む。

「同居人の申請書類だ」

ああ! 今朝受け取ってたやつかぁ。

「はい、かしこまりました」

私は、スーツの胸ポケットから、自分のボールペンを取り出した。

まさか、新入社員が、社長愛用の万年筆を使うわけにはいかない。

書類にざっと目を走らせ、同居人氏名の欄に八代と書いた時、その下の世帯主との関係の欄に目が止まった。

えっ!? なんで?

私は、そのまま紗世と書くことができずに手を止めた。

「社長、これ、どういうことですか?」

そこには、『婚約者』と社長の字で記載されている。

「他にどう書けって言うんだよ? 社長と従業員? そんなこと書いた瞬間に、俺の人格が疑われるだろ。これが1番都合がいい肩書きなんだよ」

いや、都合がいいのは分からなくもないけど。

「いえ、でも、これじゃあ、虚偽記載ですよ? 嘘がばれて追い出されたら、どうするんですか!」

私は詰め寄るけれど、社長は全く意に介さない。

「八代が言わなきゃばれない」

そうだけど!

「だって、私、引越し費用が貯まったら、出て行きますよ?」

元々、月末のお給料日までのつもりだったんだけど。

「もう3月分の給料、受け取っただろ? だから、少なくとも3月は出て行くなよ」

まぁ、敷金礼金貯めないと、引越しなんてできないから、それくらいは必要かもしれない。

でも、なんで社長はそこまでして、私を助けてくれるんだろう?

「はぁ……
 お世話になります」

私が戸惑いながらもそう答えると、社長は唇の端をニッと上げて笑みを浮かべる。

「じゃあ、頼んだよ。お掃除係の紗世さん」

なんだろう?この社長の微笑み。

嫌な予感しかしないんですけど!?



─── Fin. ───


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