『君』の代わり。

あの日

オレがバイトしてるコンビニに

朝日奈が来た



朝日奈を見て

すぐわかった



ふられたんだ…

正直ホッとした自分がいた



朝日奈は

レジにいるオレにも気付いてなさそうだった



それくらい

虚ろな様子だった



外は暗かったし

時間も遅かったし


レジでカフェオレを頼む朝日奈の手は

冷たそうだったし


朝日奈を放っておけなくて

オレのバイトが終わって

朝日奈と一緒に帰った



駅まで歩く朝日奈は

まるでオレが隣にいないみたいに

気はそこになかった



駅のホームに

先輩の姿があった



ホームに電車が来て

朝日奈が吸い込まれそうな気がして

慌てて朝日奈の手を引いた



朝日奈の手は

細くて

やっぱり冷たかった



冷たかったのに

一瞬オレの身体は熱くなった



朝日奈が持ってたカフェオレのカップが

下に落ちて

朝日奈の手を離して拾った



初めて

朝日奈に触れた



拾ったカップを持ってゴミ箱に向かう時

手を離したくなかったなって

思った



朝日奈がホームにいた先輩に気付いて

気不味そうだったから

電車を1本遅らせて

先輩と違う電車に乗った



ふたりでホームのベンチに座って

電車を待った



朝日奈の様子を見ながら

少しずつ話し掛けた



久しぶりに会話した



こんな日に

ヤダな…って思った



朝日奈は

もっと思ってるかもしれない



ホントは

オレとなんか話したくないと思う



朝日奈

たぶん無理に話してる



朝日奈は

先輩の話じゃない話をした



気丈に話してるけど

きっと

辛いと思う



オレは朝日奈が

先輩の話をしやすいように

なんとなく話した



先輩の話になって

朝日奈は

辛そうに言葉を詰まらせた



新しい恋、始まらなかった?



始まらなかった

終わった…



次の電車が来る前に

朝日奈は泣いた



オレが泣かせたみたいじゃん

そう思ったけど

オレが泣かせたんだ



朝日奈はきっと

先輩の話をしたくなかったのに

オレがさせた



ごめんね

朝日奈



朝日奈の気持ち

知りたかった



電車に乗って

朝日奈はタオルに顔を埋めてた



電車は

座れば座れるくらい空いてたけど

出入口のところにふたりで

ずっと立ってた



朝日奈が泣いてるのに

オレは何もしてあげれない

ごめんね



電車が揺れる度

何度もそう思った



電車から下りて

タオルを取った朝日奈は

電車に乗ってた時とは違う人みたいに

また気丈に話し始めた



無理してる



無理させたのも

オレだね



ひとりだったら

先輩のことしか考えなくてよかったのにね



いつか東京に行ったら
オレが朝日奈を案内する約束

いつかした約束

覚えてる?って朝日奈が言った


覚えてたけど

なんとなく照れくさくて

あやふやに答えた



朝日奈は覚えてる?

オレが朝日奈に告白したこと


そう聞いてみたくなった



あの頃のことを思い出して

朝日奈の目線に合わせて

少し屈んだ



オレが好きになった時の

朝日奈の目線

オレの目線



目が合って

やっぱりかわいいなって

思った



ずっと

変わらないでほしいなって

思った



ーー



朝日奈の唇がオレの唇に触れた

…気がした



それくらい

わからないくらい

一瞬で



間違えかな…って



ドキドキする間もなかった



ホントにキスだったのか

確かめたくて

今度はオレから触れてみた



ーーー



触れたか

わからないくらい

軽く



今度は少しドキドキした



確かめたくて…

何を確かめたかったんだろう



オレに触れた

朝日奈の気持ち?



それとも

オレの気持ち?



唇が離れてから

身体が熱くなって

心臓がバクバクいった



オレはまだ

朝日奈が好きだ

改めて確認した



あの夏

誰かとしたキスとは

ぜんぜん違った



先に触れた朝日奈のキスは

きっと



あの時のオレと一緒で

何の感情もないんだろう



朝日奈は、変わらないでね…



オレは

そんなことを言った



生きてたら人は変わっていくけど

朝日奈は

好きでもない人と

キスなんかする子じゃない



あの時のオレみたいに

きっと後悔するよ



かわいくなりたいって言った

朝日奈は

もぉかわいくて



これ以上かわいくならないでほしいなって

思った



その気持ちは

きっとオレのためじゃないって

わかってたから



伝えても

伝わらないのは

わかってた



「あの時から、オレの気持ち、変わってない

まだ、朝日奈のことが、好きだよ…

ごめん…」




オレの気持ちも

変わってない



あの時から

ずっと

朝日奈が好きだよ



伝わらないって

わかってても

伝えたかった



ずっと

オレが好きな朝日奈でいてほしかったから



朝日奈

オレ、自分勝手で

ごめん…



朝日奈

オレ、まだ好きで

ごめん…



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