押入れから王子が出てきましたよ?
勉強し始めると眠くなるのはなんでだろうな。
高校に入ったばかりの一ノ瀬紬は、始めて五分と経っていないのに強烈な眠気に襲われていた。
よし、これ以上やっても駄目だ、と即効、結論づける。
朝起きてやーろうっと、と思いながら、目覚ましもかけずに寝ようとしたとき、それは居た。
いつの間にか開いていた押入れの前に、首の傾いたお内裏様が立っている。
お内裏様というのは、本当は男女一対でお内裏様というので、男雛をお内裏様と呼ぶのは間違っているらしい。
が、今、間違っているのは、そこではない。
笏を手にした首の傾いたお内裏様がそこに立っていることが、間違いだ。
そのお内裏様は、フェルトの人形だった。
最近の、羊毛フェルトをぶすぶすニードルで刺して作る、ほわほわの奴ではない。
カラフルなフェルト生地を縫い合わせて立体にしてある昔ながらのフェルトの人形だ。
その人形は歪んだ形に笑っている口を動かさないまま言い出した。
「此処に美佐江という名の、人の命を救う、優れた人形師が居ると聞いたが、お前か」
ビーズを縫い付けた目で、口許も斜めになっているのに、声だけイケメン声だな、と思いながら、ぼんやり眺めていると、それは、ちょこちょこ歩いて紬の足許までやってきた。