腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
私の体調不良は、妊娠悪阻。俗に言うつわりと言うやつだ。

それでも最初に異変を感じた頃の体調不良なんて、ほんの序の口に過ぎなかった。

体調は悪化の一途を辿っていた。

「い、いって、らっしゃい……」

私は今にも倒れそうな身体を壁で何とか支えながら、仕事へと向かう鷹峯さんを引き攣った笑顔でお見送りする。

それでも頭の片隅には、お腹にいる赤ちゃんのことがチラついている。

どうしよう、言わなくちゃ。

「……本当に大丈夫ですか?」

「はい……大丈夫ですよぉ……」

鷹峯さんがまだ何か言いたそうな顔でこちらを見ている。

言わなくちゃ。

ううん、やっぱり早く、早く仕事に行って。

駄目、ちゃんと言おう。

早く出ていって。でないと、倒れる。

「う……」

思考がぐるぐる回って、視界もぐらぐら揺らぐ。

あ、待って。まだ鷹峯さんが見てるから、倒れちゃ駄目……。

「……大丈夫じゃないでしょう?」

床へダイブしかけていた私を、鷹峯さんがキャッチしてくれた。いつも笑顔のその顔が、今は険しい。

「見送りなんて良いですから、ちゃんと休んでいて下さい」

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