腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
それからというもの、私はスーパーと居酒屋で毎日がむしゃらに働いた。
相変わらず体調は最悪だったけれど、信頼していた婚約者の裏切りや借金の発覚、あと三年この事故物件に住まなければいけない事実など色々あり過ぎてアドレナリンが出ているんだろう。
食欲は湧かないし夜はよく金縛りにあった。ほとんど食べられない、眠れない状態で鉄剤なんかを飲んでいても、体調が良くなるわけがない。
「……ねえ、検査データが軒並み落ちてるんだけど、ちゃんと薬飲んでた?」
翌月の受診で担当の女医さん、産婦人科医の吉高美怜先生に飽きれられた。
「違うんです先生、私の体調が悪いのは病気じゃなかったんです。事故物件に住んでるから地縛霊の女に呪われてるだけなんです。毎日枕元で恨み言を言ってくるし……身体寄越せとか」
「……はぁ? え、どうしよう。精神科にコンサル……いや、その前に脳外かしら……」
真顔で淡々とそう訴える私に、先生はやばいものでも見るような困惑の表情で頭を悩ませ始めた。
おかしなことを言ってごめんなさい。でも本当なんです。私は断じておかしくない。
「……分かったわ、ここの系列病院に私の同期がいるんだけど、原因不明の病気も見つけてくれる診断のプロなの。連絡しておくから、紹介状持ってそっちに行ってもらえる? 場所は横浜にある火野崎大学医学部附属病院の本院。診断さえついたらうちの病院に通ってもらえば良いから」
私は点滴を打ってもらってから自宅に帰る。
ああ、また夜から居酒屋のバイトが始まる。本当は苦手なんだよな、あの煙草とお酒の臭い、ガヤガヤと騒がしい店内。バイトまでに少しでも休まなければ身体がもたない。
「うう……気持ち悪い、目が回る……」
私はやっとのことでマンションのエントランスにたどり着く。胃には何も入ってないから大惨事にはならないと思うけど、でもさすがにマンション内で嘔吐することは避けたい。
ふらふらと前のめりになりながらエレベーターに乗り込む。エレベーターの上昇に伴い、身体が揺れて益々気分が悪くなっていく。
やばい、早く帰って横にならないと……。
十四階に着いてエレベーターを降りる頃には、前のめりところか這いつくばるようにして部屋に向かった。これじゃ私が幽霊みたいだ。
もう視界が大分狭まっている。
早く、早く部屋に────……。
「う……むり……」
手が震えて、痺れて、鍵が上手く開けられなかった。やがて手から力が抜けて鍵を取り落とし、身体が床に倒れ込む。
霞んだ視界に、自分の手元が映った。
受付嬢時代、綺麗に整えていつでも季節やトレンドを意識したネイルを施していた私の手。ネイルアートは数少ない私の特技だ。
今はポリッシュひとつ付けていないすっぴんなうえ、指先はあかぎれだらけでボロボロだった。
「……だ、誰か……たすけて……」
もう一ミリも動けない。どうしよう、このあとバイトあるのに……。
私は最後までバイトの心配をしながら、意識を手放した。
相変わらず体調は最悪だったけれど、信頼していた婚約者の裏切りや借金の発覚、あと三年この事故物件に住まなければいけない事実など色々あり過ぎてアドレナリンが出ているんだろう。
食欲は湧かないし夜はよく金縛りにあった。ほとんど食べられない、眠れない状態で鉄剤なんかを飲んでいても、体調が良くなるわけがない。
「……ねえ、検査データが軒並み落ちてるんだけど、ちゃんと薬飲んでた?」
翌月の受診で担当の女医さん、産婦人科医の吉高美怜先生に飽きれられた。
「違うんです先生、私の体調が悪いのは病気じゃなかったんです。事故物件に住んでるから地縛霊の女に呪われてるだけなんです。毎日枕元で恨み言を言ってくるし……身体寄越せとか」
「……はぁ? え、どうしよう。精神科にコンサル……いや、その前に脳外かしら……」
真顔で淡々とそう訴える私に、先生はやばいものでも見るような困惑の表情で頭を悩ませ始めた。
おかしなことを言ってごめんなさい。でも本当なんです。私は断じておかしくない。
「……分かったわ、ここの系列病院に私の同期がいるんだけど、原因不明の病気も見つけてくれる診断のプロなの。連絡しておくから、紹介状持ってそっちに行ってもらえる? 場所は横浜にある火野崎大学医学部附属病院の本院。診断さえついたらうちの病院に通ってもらえば良いから」
私は点滴を打ってもらってから自宅に帰る。
ああ、また夜から居酒屋のバイトが始まる。本当は苦手なんだよな、あの煙草とお酒の臭い、ガヤガヤと騒がしい店内。バイトまでに少しでも休まなければ身体がもたない。
「うう……気持ち悪い、目が回る……」
私はやっとのことでマンションのエントランスにたどり着く。胃には何も入ってないから大惨事にはならないと思うけど、でもさすがにマンション内で嘔吐することは避けたい。
ふらふらと前のめりになりながらエレベーターに乗り込む。エレベーターの上昇に伴い、身体が揺れて益々気分が悪くなっていく。
やばい、早く帰って横にならないと……。
十四階に着いてエレベーターを降りる頃には、前のめりところか這いつくばるようにして部屋に向かった。これじゃ私が幽霊みたいだ。
もう視界が大分狭まっている。
早く、早く部屋に────……。
「う……むり……」
手が震えて、痺れて、鍵が上手く開けられなかった。やがて手から力が抜けて鍵を取り落とし、身体が床に倒れ込む。
霞んだ視界に、自分の手元が映った。
受付嬢時代、綺麗に整えていつでも季節やトレンドを意識したネイルを施していた私の手。ネイルアートは数少ない私の特技だ。
今はポリッシュひとつ付けていないすっぴんなうえ、指先はあかぎれだらけでボロボロだった。
「……だ、誰か……たすけて……」
もう一ミリも動けない。どうしよう、このあとバイトあるのに……。
私は最後までバイトの心配をしながら、意識を手放した。