腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。

同棲

私は今現在、鷹峯(たかがみね)さん宅のリビングにお邪魔している。

しかもお邪魔していきなり、シャワーまで借りた。正確には、マンションの外廊下で倒れていた私は汚物同然と(ののし)られ、シャワーを浴びないと部屋には入れませんと(おど)された。酷い。

モノトーンで揃えられたアーバンスタイルの室内は、カントリー調の家具でまとめていた我が家と同じ間取り(正確に言うと左右反転だけど)のはずなのに全然違って見える。

目の前のガラステーブルには、この部屋に似合わないピンクのマグカップが置かれている。中身は私の大好きなホットココア。我が家からパジャマや歯ブラシなど日用生活品を移す時に、マグカップとインスタントココアも一緒に持ってきた。

ちなみにこのピンクのマグカップは、航大と色違いで買ったペアものだ。食器棚は持っていかれていたのに、このマグカップたちは二つ揃って床に置き去りにされていた。

航大にとって、これはなんの価値もないものだったんだろうな。



「……では貴女には今、亡くなった女性が取り憑いていると」

「はい」

「そしてその女性は生きている時から私に好意を寄せていて、冥土(めいど)土産(みやげ)に私と同棲して恋人生活を満喫(まんきつ)しないと成仏できないと」

「はい、そう言ってますね」

私は今の状況を冷静に鷹峯さんに伝える。鷹峯さんは終始淡々としたトーンで相槌を打ち、そして自分用に淹れたブラックコーヒーを一口飲んだ。

「……分かりました。週明けには病棟にベッドを予約しておきますから、まずは入院して頭の方を調べましょう。それで問題がなければ、知り合いの優秀な精神科医をご紹介します。……たらい回しにして申し訳ありませんね」

「その(あわ)れみの目! 完全に頭おかしい人を見る目! 違うんですって! 本当なんですって!!」

〈はぁ〜生鷹峯さん……久々に見てもやっぱり格好良い……素敵だわぁ〜……〉

私の頭の中で、幽霊女が歓喜の声を上げる。うるさいちょっと黙って。

「とにかく、今の貴女は入院が必要なレベルの貧血と栄養不良であることは間違いありません。加えて幽霊に取り憑かれているというのが脳の異常か精神の異常かは分かりませんが、自傷他害(じしょうたがい)のリスクもある以上放置はできませんから。措置(そち)入院させられないだけ有難く思って下さいね」

「ははぁ……ありがとうございます〜」

私は仰々(うやうや)しく頭を下げる。

ようは鷹峯さん、私の涙ながらの土下座&縋り付きに根負けして、なんと自宅に居候(いそうろう)させてくれるというのだ。

正確に言うと私の意思ではないんだけど、毎日毎日硬いフローリングを涙で濡らす日々を思えば、誰でも良いからそばにいて欲しいのも真理。

いくら私が図太い人間だとて、婚約者にこんな形で裏切られれば心も弱ると言うものだ。

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