腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
そりゃそうだ。よく考えたら入院するのにバイトを休まないわけにいかない。

「私……その……お金が、なくて……」

独身時代に貯めていたなけなしの貯金も、全て引き落とされて航大に持っていかれていた。このままでは借金返済はおろか、家賃を含め諸々の支払いができなくなってしまう。入院費だって払えない。

「ああ……貧乏人ってこんなにも人権ないんだ。お金がないから病院にも行けない、仕事も休めない。体調も一生良くならなくてこのまま死ぬしかないんだ……」

頭を抱えて項垂(うなだ)れる私に、向かいに座っている鷹峯さんは仕方ないというようにガラステーブルに頬杖をつく。

「……さすがに借金の肩代わりは出来ませんが、家賃と税金、生活費くらいは払って差し上げますよ。それなら心置き無く身体を休めてくれますか?」

「へ……?」

あなたは神様ですか? 顔見知りの知人以下の私にそこまでしてくれるなんて。

「くらいは」って言うけど、実質借金以外の全ての支払いをしてもらうことになる。逆に鷹峯さんには何のメリットもないはずなのに……あ、身体? 私の身体が目当て?

「変な勘違いしないで下さい。医者として病人は放っておけないだけです。部屋に盗まれて困るものも置いていませんし、貴女に襲われたところで私が負けることはないでしょうし……メリットがあるというより、デメリットがないだけです」

「ごめんなさい……私の心が(けが)れていました……」

ていうか、心の中を読まれていた……。大きな裏切りの経験で、私はどうやら他人が信用できなくなっているみたいだ。

大真面目な鷹峯さんに、私は素直に謝る。

「とにかく、貴女は二週間バイト禁止。退院後も無闇な外出は禁じます。ここに住む間は私の言うことを聞いて下さいね?」

「は、はい……分かりました……」

そして私の返事に、鷹峯さんはやっと笑顔を浮かべた。

「さぁ、今日は遅いですしもう寝ましょう。明日は日曜日ですから、家でゆっくり貴女の身体を診させてもらいます」

「っ……!?」
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