腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。

検査入院

そして始まった、怒濤(どとう)の検査地獄。


入院は明日からの予定だったけど、鷹峯さんは既にドクターモード全開だった。



「はい、ベッドで横になって。力を抜いて深呼吸して下さい」

「は、はい……」



まずは手始めに体温、脈拍、血圧など基本的なあれこれを調べられた。その後は目を(つむ)って片足立ちをしたり、真っ直ぐ歩けるかのチェックをしたり。





そしてその翌日、ついに私は火野崎大学医学部附属病院の本院へ入院した。

建物自体は東京病院よりも古いんだけど、大学のキャンパスも同じ敷地に建っていてめちゃくちゃ大きい病院だった。

「鷹峯さん、こんな立派な病院のお医者さんなんだ……すごいなぁ……」

私はザ・病院って感じの白い巨塔を、あんぐりと口を開けて見上げた。



病院のエントランスを抜け、入退院受付で案内を受け、私は説明された病棟へと上がる。

部屋は四人部屋で、それぞれカーテンを敷いているのでどんな人が入院しているのかは分からない。

「荷物をしまったら、検査着に着替えておいて下さいね」

「わ、分かりました……」

きびきびとした看護師さんに入院についてのあれこれを説明され、私は緊張しながら返事をする。

その時、ちらりと隣のカーテンが捲られ、中からこちらを覗いた若い女性と目が合った。

くりくりとした黒目がちな大きな目で、幼く見えるけどきっとはたちを越えたくらいだろうと思う。

「あ……ご、ごめんなさい。若い女の人の声だったので、つい覗いちゃいました……」

それだけ言って、その子は私が何か言う前にカーテンを閉めてしまった。


(……だから言ったろ。大丈夫だって)

(は、はい……分かってはいるんですけど……)

(……ほら、もう落ち着いた?)

(んっ……な、何考えてるんですかっ? ここ病室ですよっ……!?)

カーテン越しに聞こえる男女の声。分かる、私には分かる。今イチャイチャしてるよね!?

男性の声は低くてあまり感情の乗らない平坦な声。女の子の方は敬語で話している。なるほど、男の方が年上で、付き合いたてのカップルとみた。さては職場恋愛かな?

まだまだ傷心の私は、半ばやさぐれた気持ちになりながら聞き耳を立ててベッドに寝転がる。

〈隣、キスしてるわね。これは濃厚なやつよ〉

そして私の中にいる春夏が当たり前のように私に話しかけてくる。

「あーもうやめてよ……傷口に塩を塗らないで」

「っ……!?」

あ、まずい。隣のベッドから息を飲むような驚いたような音が。

隣の女の子、何かに怯えた様子だったのに余計に怯えさせてしまったかもしれない。顔色も悪かったけど大丈夫かな?

そんなことを考えていると、カツカツと早足で廊下を歩く足音が聞こえ、病室のドアが開いた。


「だから言ったじゃないですか。彼女の隣は駄目だって」

いきなり少し怒っている様子の鷹峯さんの声。

あれ、それって私のことかな。

「すみません、緊急入院も入って、ここしかベッドが開けられなくて」

一緒に着いてきていた看護師が申し訳なさそうに謝っている。看護師さんは結構ベテランそうなのに、若いお医者さんに偉そうな態度とられて大変だな……なんてちょっと同情する。

鷹峯さんは病室に入ると、まずは私をスルーして隣の女の子のところへ行って何か話を始めた。そちらの話が終わると、やっと私のベッドサイドにやってくる。

「お待たせしました。今日からさっそく検査をしていきますね。このあとすぐに採血してもらいます。その後はレントゲンやCT、諸々検査をしますので。こちらの同意書にサインを」

つらつらと説明され、言われるがままに大量の同意書にサインをする。この中に「ツボ買います」の同意書が混じっていても気付けない自信がある。
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